《九月十七日》物の音ひとりたふるゝ案山子かがしかな

凡兆ぼんちょう

前書に掲げられた「一鳥不鳴山更幽也」は、隠居生活の素晴らしさを謳った王安石の「鐘山即時」に出てくる詩句。王籍の「鳥鳴山更幽」(「入若耶溪」)の詩句をひねったもので、鳥の鳴き声のひとつとして聞こえない山はますます静けさを深める、という意味。凡兆はこれをさらに翻して、何かのはずみで案山子がばさりと倒れた音が聞こえたことで、かえって稲田のしずかさが感じられる、とした。『俳諧雅楽集』には「案山子」の本意は「人情也」とある。すなわち、王安石の詩句の鳥の声を、人間くさい「案山子」の倒れる音に転じたところがミソである。これにより、稲田にたたずむ人物の寂しさが主題として前景化されることになった。人ならぬ「案山子」のことであっても、「たふるゝ」音にはぎくりとさせられる。力尽きて倒れる人を思うからだ。その乾いた音には、たしかに秋の寂寥感が滲んでいる。「物の音」として導入部では音の正体を伏せ、最後に至って「案山子」の倒れた音だと明かされる一句の構成が巧み。

(『猿蓑』)●季語=案山子(秋)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)、『どれがほんと? 万太郎俳句の虚と実』(慶應義塾大学出版会)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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