《十月十四日》夕ぐれは鐘をちからや寺の秋

風国ふうこく

作者の風国は、寺の鐘を、間近で聞いたらしい(土芳宛去来書簡)。季節は秋、時刻は夕べ、場所は山寺という、いかにも淋しさを感じさせる状況だったのにもかかわらず、大きく響く鐘の音ゆえに、淋しいとは感じなかった。そこで、晩鐘が淋しくない、という内容の句に作ったのだったが、それを去来に「一己の私なり」と批判されて、今の句にあらためたという。「一己の私なり」とは、伝統を無視した、自分勝手な詠み方だということ。淋しくないと言ってしまうと、秋の伝統的な本意を失うことになる。この句形であれば、鐘の声を聞くことで淋しさが慰められたという内容になり、前提としての淋しさは保たれるわけだ。永田英理氏によれば、芭蕉の発句においては七割以上が、伝統的本意に忠実に作られているという(「蕉風俳論における『本意』の一考察」)。去来が本意を尊重するのも理解できる。しかし、一方で芭蕉も去来も、実感・実情に基づく「新しみ」を重んじていたのも確かなのだ。いかに本意と実感・実情をすり合わせていくか、そのヒントをこの句から得られそうだ。

(『去来抄』)●季語=秋(秋)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)、『どれがほんと? 万太郎俳句の虚と実』(慶應義塾大学出版会)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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