《五月十六日》海峡のつねの荒さよ蟇

「群青」の外郭団体ともいえる句会。夜に中野区で行う。この句会場、私が「自称管理人」をつとめている。または「ハウスキーパー」という。日本では、家政婦とお手伝いさん、メードの区別が曖昧で、ハウスキーパーが家事の下働きだと思われていたりする。ところがクリスティの小説を読むとハウスキーパーは家政を取り仕切る人であり、せっせと床を磨いたりはしない。となれば、私はこの会場において、どちらかというとメードなのかしら。
さて、掲出句、大田区で蟇に遭遇したことを詠んだ。建て替え前の狭い狭い庭に入り込んで来たのだった。じっとしているので、如雨露で水をかけてやった。ところが逃げない。なかなか可愛いではないかと思った。そして、こんな殺風景なところにも蟇はいるのだと知り、嬉しくなった。ああ、蝦夷句会の十の兼題にこの「蟇」を入れたことがある。ところが句会当日になってみて、出席者の表情が冴えなかった。「よくわからないのです。北海道にはいないので」と言われてしまった。驚いた。ちゃんと調べてから題にすべきだった。
句会場の自称管理人に話を戻せば、私は建て替えの成った店舗と賃貸住宅併用の自社ビルの、本当の管理人をしていた。階段の掃除、花壇の植え替え、ハンギングバスケットの模様替え、廊下の電灯交換、エントランスをデッキブラシで洗ったりなど、つねに箒を持ってさり気なく賃借人の動きをチェックしていたのである(レレレのおばさんと呼ばれていた。「お出かけですか、レレレのレ」である)。ただし、管理費(住宅部分一世帯につき月二千円から三千円)がわが懐に入ったことは一度もない。……自転車の置き方が悪ければいらいらしながら直し、階段下に古新聞を置かれたら即刻引き取るよう貼紙をしたりした。賃借人は、自分の部屋の扉の前に落ちているゴミ一つ拾わない人種である。
今、私が借りた部屋のチェックに厳しいのは、そういった時代を経たことによる。

●季語=蟇

著者略歴

櫂 未知子(かい・みちこ)

一九六〇年、北海道生まれ。「群青」共同代表、「銀化」同人。公益社団法人 俳人協会理事。公益社団法人日本文藝家協会・国際俳句交流協会各会員。
句集に『貴族』(第二回中新田俳句大賞受賞)・『蒙古斑』、第三句集『カムイ』にて、第57回俳人協会賞、第10回小野市詩歌文学賞を受賞。句文集に『櫂未知子集』、著書に『季語の底力』(第十八回俳人協会評論新人賞受賞)『食の一句』『言葉の歳事記』『季語、いただきます』、共著に『第一句集を語る』などがある。

 

 

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