《十月十三日》台風が大きく伝えられる朝 落した皿がふたつに割れず

昨日、与謝蕪村の「門を出れば我も行人秋のくれ」が両親の介護をしているときの励ましになったと書いた。その介護が終わって、つまり両親が死んで一人になって、家を売りアパートに移るときにも、この句が頭に浮かんだ。いつ死ぬか分からないけれども、今日から死ぬ日まで私は旅人で居つづけるのだろうと思ったのである。季節も十一月の下旬だったから、まさに「秋のくれ」。行人は旅人という意味だが、そのとき私は死に向かって旅する旅人だっ
た。「ちちははの運び出されし路地をわれ一人死ぬため歩いて出ずる」という歌も作ったりした。でも、いろいろあって、今こうして生きている。
きのこが安くなっていたので、どっさりと買う。バター炒めと炊き込みごはん。食べながら松本零士のマンガ『男おいどん』のサルマタケを思い出す。

著者略歴

藤島 秀憲(ふじしま ひでのり)

歌人、「心の花」編集委員

1960年、埼玉県生まれ。法政大学経営学部卒業。「日本語の変容と短歌――オノマトペからの一考察」により現代短歌評論賞。第1歌集『二丁目通信』により現代歌人協会賞、ながらみ書房出版賞。第2歌集『すずめ』により芸術選奨文部科学大臣新人賞、寺山修司短歌賞。現在「歌壇」「うた新聞」「現代短歌新聞」にエッセイを連載。現代歌人協会会員、NHK学園短歌講座専任講師。

 

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  • 10月6日:北方はもう読まぬらし だが友は今もコートの襟たてるらし
  • 10月5日:花火へとむかう列には初恋のひとに似る人いるはずである
  • 10月4日:かたゆでの玉子となりて満員の車両に秋のわたしが傾ぐ
  • 10月3日:多摩川に野川そそぎて水清くあらざるところ鴨が来ており
  • 10月2日:ひとりひとり人の出でゆき閉店の近づくカフェにペンを落としぬ
  • 10月1日:ひりひりと雄しべ雌しべを痛めつつ彼岸花ゆれる秋風のなか

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