水原秋櫻子[2]2016.6.14

 

蓮の中羽搏つものある良夜かな 『葛飾』

 良夜とは、十六夜前後の、月の明るい夜のことだ。とはいえ、夜更けの闇は深く、感覚の要は自然と「目」ではなく「耳」に移る。「羽搏つもの」とはすなわち鳥であるが、鳥と言ってしまっては味気ない。このように曖昧にするからこそ、蓮の中にはばたくものが、現実以上の神秘性を帯びてくるのだ。もちろん、「蓮」からの仏教的連想も無視できるはずはない。
 表現上も、完璧といっていいほどの出来だ。「ハ」の音がたたみかけるように続くことで、羽音を句の調べの上に再現している。聴覚に要を置いた句だけあって、この句の調べの玄妙さは、音楽性を指摘されている秋櫻子俳句の中でも、群を抜いている。

瑠璃沼に滝落ちきたり瑠璃となる    『蘆刈』

 瑠璃沼は裏磐梯の五色沼のひとつ。透明度が高く美しい沼であるが、実際の瑠璃沼は、この句に描かれた神秘性に及ぶものではない。

 

 

はじめに出てくる「瑠璃沼」は、固有名詞であると同時に、瑠璃色の水を湛えた沼、といった意味を含んでいる。上五を読んだ時点では、「瑠璃」は、「瑠璃沼」という語を成り立たせるための付属物にすぎず、「瑠璃色の水」といったそのままの意味をなすのみである。ところが、二度目に出てくる「瑠璃」は、宝玉のラピスラズリの意味合いも孕んでいる。言うならば、上五の「瑠璃」は、中七を潜り抜けることで、水であることを越えて、美の結晶として下五に定着することになるのだ。滝から落ちてきた水が、沼と同化して瑠璃色となるように、「瑠璃」という一語を、一句の中で生まれ変わらせたところに、この句の本領がある。

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