《十一月二十二日》麦踏みを見しことなけれど開店前の行列の人足踏みをせり

マスクを求める人の列は消えたけれど、ときどきどこかで何かよく分からない行列ができている。行列をチラ見するのが好きだ。

著者略歴

川野 里子(かわの さとこ)

歌人 歌誌「かりん」編集委員

1959年大分県生まれ。千葉大学大学院修士課程修了。読売新聞西部歌壇、日本農業新聞選者など。立正大学、放送大学非常勤講師。平成20年度、21年度NHK教育放送「NHK短歌」選者。

歌集に『太陽の壺』(第13回河野愛子賞)、『王者の道』(第15回若山牧水賞)。『硝子の島』(第10回小野市詩歌文学賞)、『歓待』など。評論集に『幻想の重量―葛原妙子の戦後短歌』(第6回葛原妙子賞)、『七十年の孤独-戦後短歌からの問い』、『鑑賞 葛原妙子』(笠間書院)など 。

 

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バックナンバー

  • 11月26日:海の向かうの瞳近々と迫り周庭さん収監されたり二十三歳
  • 11月25日:柚子ジャムつくり棚に置くとき音がせりことりと永遠の途中の音が
  • 11月24日:糸蜻蛉の交尾あまりにしづかにて睡蓮と吾と消えてゆくやう
  • 11月23日:断崖とは客席のこと断崖より俊寛みてをり救ふことなく
  • 11月22日:麦踏みを見しことなけれど開店前の行列の人足踏みをせり
  • 11月21日:夜中に叫ぶといふ老義母の夜はわが夜とどこかで繋がりぎらぎらとせり
  • 11月20日:朝狸かあんと消え果て夕狸そろそろ気配す隣にをりぬ
  • 11月19日:唐突に空に気づきぬ四十六億年そこにしづかに広がる空に
  • 11月18日:うなぎ登り うなぎが天を指しみづからを超えてゆく苦しみよ
  • 11月17日:雑巾にせむと思ひしタオルもて顔拭き手を拭く生き延びるべし
  • 11月16日:葡萄買ひ預かるごとく持ち帰るだれのものなる重たきむらさき
  • 11月15日:仕舞ひわすれし扇風機こちら向きてをり突然止まりし夏ひとつある
  • 11月14日:痛み止め飲みしことなき三年を幸ひと呼ぶか置き薬捨つ
  • 11月13日:局留めの郵便の束ちらばれる鯖雲あつめしごときを受け取る
  • 11月12日:秋空のいづこに消えてもよきものを東京行きの飛行機に乗る
  • 11月11日:アメリカも日本も奇怪な国となり空き家のテレビに死につつ映る
  • 11月10日:ゲラに書く赤字いびつな花いくつ咲かせて今日の仕事は終はり
  • 11月9日:息子にとりてわれの故郷は何ならむ指させば山を消してゆく雲
  • 11月8日:わすれられながら微動してをらむ向き合ふ岬に伊方原発
  • 11月7日:どんぐりをひとつ山から盗みたりどんぐり盗まれ山は輝く
  • 11月6日:コンビニの灯りともれり猪のぞよぞようごく濃ゆき闇中
  • 11月5日:硫黄泉に足からそろりと入りをり誰かのこころに裸で入るごと
  • 11月4日:花咲とふ日本酒とろりとろり汲みいづこの地獄へゆかむと話す
  • 11月3日:車駆つて逢ひにきたりし磨崖仏ぶつかるやうに石仏聳ゆ
  • 11月2日:カーテンに黄金虫ひとつしがみつき死んでゐるなりただいま空き家
  • 11月1日:バスに乗つて飛行機に乗つてはこぶべし雲のごと形変はるこころを

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