飯田蛇笏[6]2016.11.25

 

川波の手がひらひらと寒明くる   『雪峡』

 

 寒の時期が終わり、いよいよ春が近づいてくるころの明るい陽光と、それを受けた川波の輝きが詠まれている。川波を擬人化した手が、まるで春を招くかのようだ。
 「ひらひら」の語感、そして「寒明くる」の季語の本意からしても、そう解釈するのが自然だろうが、奇妙にこの句からは不気味さを感じてしまう。「川波の手」は、あきらかに波の比喩だとわかっていても、やはり波間に呑まれて死んだ人々の存在を嗅ぎ取ってしまうのだ。単純な擬人化の句というよりも、寒明けの清澄な季節感を通して、目に見えない死者たちの存在を十七音に定着させた句として、受け取りたい。

 

凪ぎわたる地はうす眼して冬に入る  『家郷の霧』

 

 風のぱったりとやんだ大地。その静けさに、冬の始まりを感じ取っている。内容的には、さして新しみもないが、地が「うす眼」していると表現したのが非凡である。「うす眼」とは、それとわからないように、ひっそりとこちらを窺うこと。その主体は、茫漠とした大地でもあり、冬という季節でもある。主体がぼかされているのが良い。「うす眼」の不気味さが際立つからだ。
 息子・龍太に、次の言葉があることを思い出す。

 

 風土というものは眺める自然ではなく、自分が自然から眺められる意識をもったとき、その作者の風土となる。

『龍太俳句教室』

 

 自然からの視線を鋭敏に察知する龍太の感覚は、蛇笏の「凪ぎわたる」のような句を、その源流に持っているのだろう。龍太自身も、「きさらぎは薄闇を去る眼のごとし」「家々に眼を開いて冬来るなり」といった句で、自然に目があるという擬人化の句を作っている。また、父である蛇笏が亡くなったときには、「鳴く鳥の姿見えざる露の空」「秋空に何か微笑す川明り」と詠んでいる。こちらを眺めてくる自然のふところに、父の魂が加わったことが、示されている。
 しかし、蛇笏の句は、「眺められる」の語感とは、微妙に異なる。「眺められる」というときには、対象との近しさを感じる。自然との距離の近さは、龍太俳句にはぴったりだが、蛇笏俳句にはあまりそぐわない。一言でいえば、死の匂いが、ここには漂っている。人の思慮の到底及ばない、情け容赦のない自然の姿が、蛇笏の「凪ぎわたる」の句には詠まれているのではないか。蛇笏は『白嶽』(昭和十八年刊)に「夏真昼死は半眼に人をみる」の作を持っていることからも、「うす眼」「半眼」は、ともすれば人の命を奪う自然の冷徹さを示しているのだと推察される。自然から送られる不気味な「うす眼」「半眼」の視線を感じてしまう蛇笏は、かの「メメントモリ(死を忘れるな)」の警句を、血肉化していたのだろう。

 

春めきてものの果てなる空の色  『家郷の霧』

 

 大きな撞着を抱えた句である。「春めきて」は、春の訪れを言うのにもかかわらず、すぐさま「ものの果てなる」と、終末を迎えた虚脱感にも似た感慨に、切り替わるのである。
 もっとも、季節というものは、春から冬へと、本のページをめくるようにはっきりと変わるものではない。この句は、言ってみれば冬の終わりが、春の始まりに食い込んでいる……つまり、一見するところ完全に枯れ果てて見える冬景色の空の色に、微妙な春の気配を感じ取っているのだ。季節の端境には、このように二つの季節の事象が混ざり合うこともあるのだと、一句は静かに伝える。
 大らかとも、朦朧としているともいえる、なんとも曖昧な手ごたえの句である。通常、俳句は形象性を意識して作られるものだが、蛇笏はそんなセオリーをものともしないで、空という輪郭を持たないものや、移行期の季節感という漠然としたものを、さらりと詠みきっている。

 

炎天のねむげな墓地を去らんとす  『家郷の霧』

 

 鋭角な石の集まりである墓石は、どちらかといえば怜悧に覚醒している印象がある。ただ、炎天下の墓であればどうだろう。強烈な日ざしは、人を遠ざける。なるほど、誰に参られるでもない墓地は、「ねむげ」に見えるだろうと納得できるのではないか。
 「ねむげ」は、死者に対していささか敬意を欠いたようなフレーズだが、不思議に不謹慎とは思えない。身体を持った人間とは異なり、墓に眠る死者たちは、炎天の暑さをものともしない。むしろ、人が少なくて、ほっと安らいでいるのかもしれない。「去らんとす」には、自分が去ることで、墓場がいっそうの安らぎに満たされることを暗示している。墓場は、生者が死者に会うために設けられた場所だが、死者の方からみれば、生者は静かな眠りを妨げる存在なのだろうか。生者と死者の間には、もはやけっして心を通わせることのできない、深い溝が横たわっていることを、まざまざと突きつけられる。

 

冬といふもの流れつぐ深山川  『家郷の霧』

 

 先に掲げた「春めきて」の句と同様に、形のないものに向き合った句である。「冬といふもの流れつぐ」までは、つかみどころのないフレーズだが、「深山川」の下五に至って、一気に十七音が引き締まった。到底まとまるはずもないと思っていた仕事が、最後の数分で、ものの見事に成果を収めたかのような爽快感がある。深山の清流の照り返しや、波の音、その上を流れていく風……それらすべてに「冬」が入り込み、混じりけのない清らかさを誇っているのだ。「山泉冬日くまなくさしにけり」も同じ句集に収められており、こちらも言葉の緩急、硬軟の付け方が鮮やかである。青年期、壮年期の蛇笏の作品は、硬質な句と柔和な句と、タイプがはっきり分かれる傾向があったが、老年期に入った『家郷の霧』では、一句の中に対照的な二つの要素が融和し、新しい境地が開かれている。
 たとえば次の句は、蛇笏句の大きな特徴であった漢語が、いかにも自然な形で一句になじんでいる。

 

炎天を槍のごとくに涼気すぐ  『家郷の霧』

 

 古今東西の作から、比喩の名句を一つ挙げよと言われれば、私はまっさきにこの句を挙げる。炎天下では、束の間の「涼気」など、瞬時に消し飛んでしまうもののはずだ。だが、この句では「槍のごとく」といかにも強靭に描かれている。これは「涼気」自体の力というよりも、作者の心の働きによるものだ。猛暑の中、一瞬吹き抜けていった涼風を、確かに感じ取った高揚感が、「槍のごとく」と書かせたのだ。真夏に折々起こる、ある自然現象を写し取ったというだけではない。力の漲った調べを通して、作者の高ぶる心が強く迫ってくる。
 蛇笏の非凡な言語感覚を実感できる一句でもある。「風」という言葉を一言も使っていないにもかかわらず、これほど強く風の流れが感じられるのは、さすがの名手というべきだろう。「ごとく」「すぐ」と重ねられたウの脚韻が、吹き抜けていく涼風の速さ、鋭さをよく再現している。


金輪際牛の笑はぬ冬日かな  『家郷の霧』

 

 「金輪際」とはもとは仏教語で、あとに否定形を伴って「決して~ない」という意味になる。もともと牛が笑うはずもないから、そこに重ねてさらに「絶対に笑うことはない」と強調されると、そこに過剰さが生まれる。過剰さは、ユーモアにつながる。ここまで念入りに否定されると、かえって、にやついている牛の顔が浮かんでしまうのが、人情というものだ。反芻のために口をさかんに動かしている牛や馬の類は、獣の中でも、笑い顔を想像しやすいといえるのではないか。「冬日」の季語は、ここでは、いかにもあたたかな冬の日差しを思わせる。蛇笏とユーモアは対蹠的な印象があるが、蛇笏が必ずしも重厚さだけが売りの俳人ではないことが、こうした句からわかるのだ。

 

冬川に出て何を見る人の妻  『家郷の霧』

 

 さしてみるべきもののない冬景色の中の川に目を凝らしている「人の妻」は、つまり、その輝きや流れを見ながら、自分の胸の内を覗き込んでいるのだ。
 一般に、「人の妻」などという言葉を入れてしまうと、句がとたんに俗に傾いてしまう。この句の場合は、俗の気味を含めて趣にしてしまっている。「冬川」の清浄さが、「人の妻」の俗を程よく包みこんでいるのだ。
 知り合いでもないかぎり、川辺にたたずむ女性が「人の妻」であることは、わからない。自己の知覚しうる範囲内で詠むという俳句の前提を、この句は覆している。ここは、一時は作家を志した蛇笏が、小説の前提を、俳句に持ち込んでいると見るべきだろう。神の視座に立って、女性の行動を追っているのだ。ただ、小説では、この「人の妻」のドラマを逐一書くことができるが、短い俳句では、前後の場面は切り離されてしまっている。それがために、かえって想像力を刺激され、読者それぞれが、この「人の妻」のドラマを脳裏に展開する。俳句と小説のハイブリッドともいうべきこうした句の可能性を、見直したいものだ。

 

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