《三月二十一日》三年間式部こもりし法華嶽の「身投げの谷」に春の気を吸ふ

ある手帳に今日は和泉式部忌と書いてあった。式部は伝説の多い歌人であるが、私の家から車で三十分ほどの距離の国富町の法華嶽の薬師寺に業病の平癒を祈願するため訪れたという伝説が残っている。伝説ゆかりの地名も見られる。秋元松代の「かさぶた式部考」に法華嶽が登場する。

著者略歴

伊藤一彦(いとう かずひこ)

昭和18年、宮崎市に生まれる。早稲田短歌会を経て、「心の花」に入会し、現在選者。
歌集に『海号の歌』(讀賣文学賞)、『新月の蜜』(寺山修司短歌賞)、『微笑の空』(迢空賞)、『月の夜声』(斎藤茂吉短歌文学賞)、『待ち時間』(小野市詩歌文学賞)、また歌集『土と人と星』及び評論『若山牧水―その親和力を読む』により現代短歌大賞・毎日芸術賞・日本一行詩大賞を受賞。若山牧水記念文学館館長。宮崎市に住む。

 

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バックナンバー

  • 3月26日:めらめらと茜に空の燃えてゐる 思はず頭(かうべ)垂るる日もある
  • 3月25日:新葉の下にひつそりと脇役のやうに咲きゐるくろもじの花
  • 3月24日:百四十字よりも内容が深く濃い三十一文字の凜と咲く花
  • 3月23日:三年の旅の辛苦をわすれさせしグレゴリオ十三世の接吻
  • 3月22日:合ふはずと思へば合ひぬ宮崎のワインと根室の天然帆立貝(ほたて)
  • 3月21日:三年間式部こもりし法華嶽の「身投げの谷」に春の気を吸ふ
  • 3月20日:血みどろの喜劇王なり笑はれぬことを最大の悲劇(トラジディー)として
  • 3月19日:ふるさとの空と海熱く語りつつ有終の美を飾りくれたり
  • 3月18日:遅咲きの梅のうすべに咲きにけり近隣の梅散りたるのちに
  • 3月17日:紅顔の美少年のまま老顔となりて百歳をこえし大人(うし)なりき
  • 3月16日:都農町のワイナリーの夜の講演はいそいそと済ませいざやグラスを
  • 3月15日:いつここに 大きく深い抽出の奥より「百年の孤独」出でくる
  • 3月14日:日だまりの庭の黒猫じつとわれ見て黙契を迫るごとき顔
  • 3月13日:暗きなか唇ほどのわづかなるあかり消えたり闇ふくらめり
  • 3月12日:あの世いまいつの季節か何時ごろ時差はありやと思ふことある
  • 3月11日:何を言ひ何なせるかと問はれなば言葉のあらずこの六年を
  • 3月10日:「一つぶの雪にかも似む」などと砒素詠める牧水の五首いかに読まむか
  • 3月9日:恋人と砒素もちあひて恋愛をつらぬきたりし佐藤綠葉
  • 3月8日:山国の闇より来たるまんさくの四片(よひら)の黄の花に棲むもの
  • 3月7日:天ぷらにするか蕗味噌か 庭に出でしこの祖父(ぢい)今宵とまれ酒の友
  • 3月6日:冬生きて春に卵産む蝶あるを知りたる今日の光あたたか
  • 3月5日:線が文字が行が呼吸してゐると息呑みたりき素人のわれが
  • 3月4日:繁ちやんは運動好きで唱歌うまく友多くして縦横なりき
  • 3月3日:お雛様いくつも持てど気に入りは日向(ひうが)の貝雛ものいふごとし
  • 3月2日:今ははや『愛と認識との出発』も『出家とその弟子』も文庫にあらず
  • 3月1日:あわただしき一日(ひとひ)の終はり長湯せる深夜の湯船に沈みかけたり

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