《四月十六日》山の井やすみのたもとに汲む蛙

杉風さんぷう

前日同様、『蛙合』から引用した。人里離れた山の泉で、墨染の衣の僧侶が汲み上げた水に、思いがけなく蛙が入っていた、という句意である。『蛙合』は仲間たちの合議で勝敗を決めていて、判詞も掲載されているのだが、この句については「幽玄にして哀ふかし」と誉めている。オタマジャクシから蛙になったばかりの可憐さを詠んだ「尾は落てまだ鳴あへぬ蛙哉 蚊足(ぶんそく)」の句と番い合わされ、優劣つけがたいとして、「持」(引き分け)になっている。墨染の衣の裾を濡らすといえば、和歌では亡くなった人を偲んで涙で濡らすということだったが、世を捨てた貧僧が生活水を得るために濡らしているとして俳諧化した。しかも、汲んだ水の中には、一匹の蛙がたよりなく浮かんでいるというのだから、微笑を誘う。一匹の蛙に親しみを覚えるような孤独な暮らしなのだろうから、さびしい微笑ではあるが。(『蛙合』)

●季語=蛙(春)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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