《五月十八日》公達きんだちの手ならひの間や若楓

涼菟りょうと

ここはかつて貴族の子息が手習いに励んだといわれる座敷であり、外にはみずみずしい若楓がそよいでいる、という句意。若楓は、楓の若葉。健やかに育てられた貴(あて)なる子供に、若楓の品の良い薄緑色が、いかにも似つかわしい。楓はふつう、赤く色づく秋に愛でられるが、「卯月ばかりの若楓、すべて万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり」と『徒然草』で兼好法師が讃嘆しているように、紅葉にも劣らない清廉な美しさを、「若楓」は持っている。手ならいの最中に、ふと外を見て、清らかにかがやく若楓に目を休めたであろう、といったような空想も広がる。具体的な現場は分かっていないが、伊勢神宮の神官であった涼菟が、上京の機を得た際の句。「若楓」を契機に、思いがいにしえの王朝の代に誘われてゆくという展開がすがすがしい。心の小旅行である。(『浮世の北』)

●季語=若楓(夏)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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