《八月十日》上行くと下来る雲や秋のそら

凡兆ぼんちょう

上の方の雲は去っていき、下の方の雲はこちらに近づいてくる。空の高いといわれる秋を、実感させる景色である。現実的にいえば、空の層によって、風向きが異なるために起こる現象である。「行く」「来る」と、軽く擬人化したことにより、雲がゆうゆうと大空を漫歩しているような楽しさが出た。「雲」とあるので空は想像できるのに、さらに「秋の天」を置くのは、言葉の無駄遣いにも思えるが、十七音をあえてぜいたくに使った余裕が、この句の雰囲気にもよく適っているのだ。たとえば下五に、草花の季語など置いてしまうと、句柄が小さくなってしまうだろう。俳句は省略の文芸とされるが、なにがなんでも言葉を削ぎ落せばよいというものでもないのだ。

(『篇突』)●季語=秋天(秋)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)、『どれがほんと? 万太郎俳句の虚と実』(慶應義塾大学出版会)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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