《八月十二日》がつくりとぬけ初むる歯や秋の風

杉風さんぷう

はじめて歯が抜けてしまった。老いの兆しを感じる心と身体に、秋の風がつめたく吹き過ぎる、という句意。作者、四十四歳の作で、現代の感覚からすると早すぎる印象だが、実体験であったことが、元禄三年九月二十五日付芭蕉宛書簡に記されている。書簡によれば、「がつくりと身の秋や歯のぬけし跡」が初案だったようだ。芭蕉の添削により「秋の風」を吹かせ、身体感覚を強調したことで、老いの慨嘆がいっそう生々しく表された。「秋風」の本意である「こゝろなく力のぬけたる味也」(『俳諧雅楽集』)をよく反映した一句である。芭蕉もまた、「衰や歯に喰あてし海苔の砂」(元禄四年作)と、歯の感覚を通して老いを痛感している。当時、老いというのは、歯から来るものだったようだ。

(『猿蓑』)●季語=秋の風(秋)

著者略歴

髙柳 克弘(たかやなぎ・かつひろ)

1980年 静岡県浜松市生まれ。2002年 「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年 「息吹」五〇句によって俳句研究賞受賞。2005年 藤田湘子逝去。新主宰小川軽舟の下、「鷹」編集長就任。2008年 評論集『凜然たる青春』によって俳人協会評論新人賞受賞。2010年 第一句集『未踏』によって第一回田中裕明賞受賞。2017年、Eテレ「NHK俳句」選者。著書に『凜然たる青春』(富士見書房)、『芭蕉の一句』(ふらんす堂)、『未踏』(ふらんす堂)、『寒林』(ふらんす堂)、『NHK俳句 作句力をアップ 名句徹底鑑賞ドリル』(NHK出版)、『どれがほんと? 万太郎俳句の虚と実』(慶應義塾大学出版会)。読売新聞夕刊「KODOMO俳句」選者。浜松市やらまいか大使。

 

 

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