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◆ 第二句集
「笹鳴やふつくら嬰のもの乾き」
「先頭の顔尖らせて寒念仏」
同じ季節でも、日々に表情を変えるが、その微妙な違いを捉えるのが、すぐれた俳人である。ともに冬の句でありながら、前句は「冬日和」、後句は「極寒」の趣を見事に表現している。「この店の頑固が好きで柏餅」人情の機微に触れるような生活実感から生まれた作品も多く、『一笛』は、いかにもベテランらしい一巻。
(帯・鷹羽狩行)
まろび寝をまことしやかに壬生狂言
縁談にしらじら扇使ひけり
ふるさとやほとけの前に昼寝覚
秋蝶と思へぬ高さ北信濃
万葉の世もかくあらむ薺摘み
背の子の足でよろこぶ祭山車
十六夜や消されてにほふ燭の芯
夕暮のいろ綿虫に及びけり
向日葵の立ちはだかるといふ高さ
ぬかるみを大跨ぎして苗木市
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◆ 第十詩集
風が吹くたびに
大きな
マロニエの枯れ葉が
降ってくる
広い公園の隅で
忘れられた
パラソルのように
回転木馬が
止まっている
退屈な番人は
時々
幼い娘を木馬に乗せて
遊ばせている
どこからも
音楽は聞こえない
午後になっても
お客はなく
木馬は
渇いていた
(本文より・回転木馬の秋)
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◆ 第二句集
明月や谷戸にすたれし能舞台
句集名の「笹目」は、かまくら、由比ヶ浜通りの中程を山側に入った谷(やつ)の名称です。昭和のはじめより半生を過したなつかしいところでございます。
(あとがき)
吹雪く夜のこころの火床を炎え立たす
サファイヤの藍ふかみゆく雁来月
風花のとまりし夫の翁眉
酔ふほどに父の「鉢の木」松謡
命名「愛」しののめの空さへづれり
旭の嶺のひろごりゆけり山桜
たかし忌や箱に鎮めし夜叉面
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◆ 第二句集
更待の叔母様の名の菊子かな
栞・加藤郁乎
如月真菜は恐らく改まって意識するともなく、するすると、いや、ずるずると俳句に於ける羽織落しの型を身に付けたものであろう。
(栞)
裸にて世間のことをどうかうと
雨降れば雨を拝みて生身魂
本町の法被の届く涼しさよ
口論や金魚の水のまつたひら
また違ふねぷた太鼓の近づき来
爽籟や大きく黒く船は沖
ハムカツと復唱したり春の山
ばかたれと小声で言ふや雛飾る
丹前をぬぎ散らかして山眠る
更待の叔母様の名の菊子かな
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◆ 第二句集
花輪佐恵子さんの俳句は、日本の女歌の情念から離れて、するどい感性と知性に磨かれている。表現の切れ味に注目すべきものがある。
凛凛とビルの胸立つ淑気かな
百歳の寒紅淡き訣れかな
こころざし野菜にあるとすれば葱
(帯より・成田千空)
・・少ない自然の中にも、皇居のお濠端に春、いち早く菜の花が咲き始め、風に揺られながら思いがけぬ長い日々を立ちつづけて、往還の眼を和ませてくれる。この句集名を「十字花」としたゆえんである。
(あとがきより)
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◆ 第二句集
河村さんの句は写実を大切に実感を瑞々しく表現して、清澄な詩情を湛えている。加齢による心境の深まりは故郷への郷愁と共に一巻に深い情趣を添えて、独自の豊潤な世界を樹立し得た。
鏡餅をんなの一生ながきかな すみ子
労働省婦人少年局に女性の先達として勤務した作者の、卒寿を迎える第二句集。
(帯より・鍵和田柚子)
初山河空の蒼きに飢ゑすこし
真かがやく冬日や鳴門渦巻けり
舟小屋に冬の一舟六義園
春の虹くぐりて米の運ばれし
古書店に魯迅の写真春深し
ひとりづつ拠りて緑蔭ひろげたる
遠江夜のしらじらと水鶏かな
砲身に沖縄の痕きりぎりす
諦めて笑つてしまふ酔芙蓉
身をしばるもののなかりし桐一葉
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◆ 第一句集
ある年末、忘年句会があり、私も出席した。そこで私は、この句集の著者、高野日佐子さんに出会った。その印象が強かったのは、当日、その会で出された日佐子さんの作品の、若々しく、柔軟な抒情が強く心に残ったからだった。
(序より・岡本 眸)
照り出して薔薇満開の重さかな
秋草や静かな雨の限りなく
対岸へ行く橋遠し夕桜
ゆめはゆめうつつはうつつ水中花
たましひにかたちの欲しや魂迎
思はざる風のありやうしやぼん玉
淋しくて道に出てみる夜の秋
三方は無人となりし炬燵かな
妹とひとつ日傘に生家あと
亡き人を呼び戻したき花野かな
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◆ 第二句集
この作者の句には、今どき珍しく批評・批判の眼差しがある。
それは社会・時代や文明への思いから、水仙や冬芽のたたずまいにまで及び、一種皮肉な俳味をかもす
(帯・星野恒彦)
覚めぎはのちよつと破れし春障子
つんのめるやうに吹かれて黄水仙
無口なる夫こそよけれ虻日和
更衣して紙屑をひとかかへ
いつの世も鬼は騙され青胡桃
くらげなすただよへるくに靖国祭
どの国のどの地を占めてゐし茸
古バスが図書館となる村の秋
鱈汁や語尾をゆらして加賀ことば
戦争を知らぬ桜に冬芽立つ
「鐘」十句 星野恒彦抽出
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◆ 第一句集
美しき人買ひに雛買はれゆき
著者もいよいよ醸熟の季を迎える。ますます佳き魂の詩(うた)の紡ぎ続けられんことを期して、上木慶賀の言葉に代えたい。
(序・辻田克巳)
余り苗みのりの色に枯れ始む
毛皮売る滝のごとくに飾り立て
美しき人買ひに雛買はれゆき
梅雨の湖つまらなさうに魚掛かる
蜥蜴の尾切れて一秒前は過去
薔薇抱へ最上階のボタン押す
銭亀に銭亀何としても登る
一見の客は通さぬ麻のれん
猫の瞳の針よりほそく寒の入
とある夜の祇園のとある春惜しむ
自選一〇句
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◆ 第一句集
一燭の技芸天女に春暮るる
あれは畝傍これは耳成げんげん野
藤咲いて救世観音の開扉あり
これらは、その従兄弟会に参加した折りのもの。古都奈良の闌けゆく春の句をもって巻尾を飾り、集名に相応しい余韻をもたらしています。大門さんの俳句は、「蘭」の抒情の正統を確かに伝えてくれています。
(跋・藤山八江)
○自選一〇句
こゑごゑに暮色を負ひ来冬の雁
どこからも塔見ゆる町燕の子
舫ひ舟棹やすめある涼しさよ
十一や旅人われに朝の彌撒
窯出しの壺や茶碗や鶴引けり
桜y沙汰なきひとをふと思ひ
母はまたその母恋へり蚊遣香
ぽつたりと鶯来たる雨のあと
ふるさとは柿の照るころ墳山も
藤咲いて救世観音の開扉あり
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◆ 全句集
『渚通り』から『千年』まで、既刊全5冊の作品を季語別に収録。
作品理解の上で更に役立ち、十作者にとっては季語を通じて俳句を学べる格好の一書。
収録句集『渚通り』『大津絵』『春の門』『風の祭』『千年』
この変幻自在な言葉たちを、あなたは真芯でとらえることができるか。
●春の項より
初春や酒吸つてゐる箸袋 春の門
初春の赤子がにほふ鯛の浦 春の門
酢の香して二月の白き割烹着 渚通り
日と水の一景に春立ちにけり 風の祭
雀鳴く今川焼に春の来て 千年
累々と茫々と桑畑早春 渚通り
きさらぎの白湯が滾りぬ母の部屋 渚通り
胃を撮りにゆくきさらぎの橋渡り 渚通り
きさらぎの白鞘ともる死者の胸 大津絵
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◆ 第二句集
三宅やよいは言葉を繰り出す名手だ。
直球で待つとカーブ。カーブと思うと直球。
今度こそカーブだと待つと、カーブ。
が、予想を超えて鋭く曲がり落ちる。
この変幻自在な言葉たちを、あなたは真芯でとらえることができるか。
(帯・清水哲男)
たんぽぽと犬の足りないフジテレビ
写真はみだす煙突も囀りも
芽吹くまで臍のあたりに手をおいて
股間よりのぞく青空春休み
ナイターのみんなで船に乗るみたい
産みたての赤子並べる日雷
十五夜がきれいに剥けるゆで卵
桃缶のふちのぎざぎざ夜の客間
雪山を半分省略して帰る
鮟鱇の部長課長と並びおり
(小西昭夫抄出)
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▼単行本・句集 |
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土の香
つちのか
中込信晴句集 |
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[なかごみのぶはる (1925〜2001)]
定価 私家版
装丁・君嶋真理子
四六判上製函入リ総クロス装
202頁 2007.01.13刊行
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◆ 第一句集
平成十三年十月、夫信晴が亡くなりまして五年が過ぎました。この度、故人の俳句を句集『土の香』に纏めました。故人が俳句を作る様になりましたのは、長女が誕生したころだったと思います。師と云う人は居りませんでしたが、身近に俳句を作る人が多く、自然に俳句に親しんだ様です。古稀をむかえて今迄の作品の整理をと思い立ち、作品を選んだり、推敲を重ねたり、日々精を出して居りました。そうしますうちに、にわかに病を得て中断せざるを得ませんでした。病は急速に進み早々に逝ってしまいました。その後を引き継ぎ出版する事に致しました。もう少し推敲をと故人が云って居りましたので、不本意かとも思いますが、できるだけ意志に沿ったつもりです。家族の協力を得て此の様に形にすることができましたこと、故人も喜んでいると存じます。
(中込怡衣子・あとがきより)
土に香といふもののあり木の芽時
薔薇挿して石仏坐はす石の室
飛び来たるものの蛾となる木下道
そよぐ髭伸べてちちろは昼憩ふ
補陀落の寺冬濤に門を開け
空に塵なき日続きて松過ぎぬ
沙羅散つてしばし花芯の灯を消さず
武蔵野に落葉湿りの径いまも
某妓の訃を聞きて
卵酒上手に作る妓なりしが
放哉に咳の句のあり十二月
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◆ 第8詩集
今世界は不明の未来に開かれ
根源的な不安に青ざめている
発狂する神話
黒い死児を産み続ける寓意
それでも未生のものたちの時間が
静かに開示されていく
私はこれらの詩によって何かを主張し、何かを求めているのではない。
詩集という場所に「私」の世界それ自体としての「もの」を置いたのにすぎない。
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