更新日2007/12/29
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◆ 第四句集
楸邨のいそぐなのこゑ春疾風
前句集『翔』につぐ第四句集。
作品の背後にはつねにあたたかな生命のぬくもりがあり、師・楸邨の血脈と骨太なる風雅の精神に富む。
良寛のよろこびさうな春の雪
楸邨のいそぐなのこゑ春疾風
葉櫻のまつただ中へ生還す
ほつほつほつぽつぽつ母のさくらの芽
ノーモアヒロシマ一匹のみづすまし
生も死もたつた一文字小鳥来る
南無妙法蓮華経南無冬の蠅
朝顔やことば短きほどよけれ
もう父に問ふことのなし春の霜
さくらさくちるさくらちる独語かな
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◆ 第一句集
高麗川の蛇行大きく月見草
高篠勇夫さんの生地は、遠く富士山を望み、峨々たる秩父山塊に入る前の武蔵野台地、その緑野にあたる高麗台地である。その西寄りの山麓を高麗川がゆったりと蛇行している。生地である高麗を愛して懇ろに詠む態度から句集名を「高麗郷」としたい。
(序・鈴木太郎)
武蔵野の風に乗り来し初燕
白魚の命重なる四つ手網
父卒寿桜見し夜の菩魔ネる
八重桜枝垂れて赤き吐息かな
白牡丹崩るるときの闇動く
龍神の昇天たしか夏つばめ
稲架解かれ赤城颪の田を駆ける
霧の奥放牧牛か鈴の音
寒厳し今日の予定をふと変ふる
冬の雷布裁つ息を乱しけり
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◆ 第一句集
「夫の卸せし大根の辛きこと」 大根を手荒にすりおろすと辛いと言われている。夫に手伝ってもらった大根卸し、その辛さで大急ぎでやったことがわかった。「昨日よりやや疎となりし梅むしろ」筵の上に広げられた梅干が、昨日よりもどことなくまばらに思われた。天日に干されて水分が減ったからだ。写生の目の確かさがある。
(鷹羽狩行)
夫の卸せし大根の辛きこと
ひと降りに目鼻ふさがれ雪だるま
釣糸を風があやつり浦島草
ともづなを輪投げのさまに秋高し
昨日よりやや疎となりし梅むしろ
水軍の舟隠し場へ遊び船
吊鐘の中へ身を入れ煤払ひ
終便の即ち月見船となる
向う岸からも見守る秋出水
桟橋の一歩に香る花蜜柑
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◆ ふらんす堂web連載第二弾
リレー走者 望月遊馬→久谷 雉→佐藤勇介→最果タヒ→鳥居万由実→文月悠光→コマガネトモオ
詩のリレー。明るい空の真下の、にぎわう矩形の運動場は、紙面、その祈りとよく似ている。
いつでもびりっ穴だったあいつ。でも、あいつが最後まで走りきった時、校庭は快い拍手で満たされた。思い返すと、確実にバトンを届けようとするパッションに心打たれたから、自然とあいつにも拍手は起こったのではなかったか。リレーの勝敗ではなく、いつでも走るすがた……、それにひとの気持ちは動かされることを、もう一度この企画から思い出してくだされば幸いなのです。
(手塚敦史)
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◆ 第一句集
「床の間に笠と杖置き遍路宿」「同行二人」と書かれた笠と杖。それを床の間に置くところに、一日を無事に歩き通すことができたという弘法大師への感謝の心が示されている。「炎天をゆくに拳のほか持たず」この決意と潔さに作者の性格が表出されている。本句集の読後の爽快感は、全句が正統派の揺るぎない表現に貫かれているからであろう。
(鷹羽狩行)
雑念を払ふがごとく水を打つ
寒紅を濃く引ききついことを言ふ
ぎくしやくと来て矍鑠と泳ぎ出づ
床の間に笠と杖置き遍路宿
炎天をゆくに拳のほか持たず
雨を呼ぶ三社祭となりにけり
跡継ぎのなきことにふれ盆の僧
暮れてより風の強まり三の酉
灯籠を流せしあとの水匂ふ
名月を玉と浮かべて五十鈴川
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◆ 第一句集
大鹿歩むバンフの町の斑雪かな
この句集『鳥チ』の一つの焦点は、外国旅吟にある。海外吟は季語を見つけることが難しいとか、その土地の風土や文化をどう詠えばよいか戸惑うと言われることが多い。佳久子さんは行動派であり、新しい場所に積極的に出掛けて行き、新鮮な眼で見て、句を作っている。その積極性がよい。
(序・有馬朗人)
流氷の大きく揺らぎ鳥翔てり
聴診器置きて夫言ふ春の地震
巨漢より卵を享けてイースター
オロロン鳥占めし一巌夕焼くる
夏霞死海はるかにイスラエル
ヨルダンの髭濃き男水売れり
地中海の大夕焼に泊つるかな
われ立てる地球の割れ目驟雨くる
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◆ 第一句集
ともあれ、『筑波の道』は堂々と上梓されました。そして、私はこの句集以後、貴弘さんが一層の作句力を伸ばし、新しい俳境を窺わせる穏やかでヒューマンな句も頼もしく思っています。それこそが安住敦先生のおっしゃられた「普段の心」なのです。
(鈴木栄子)
「鬼は外」子方つづけし「御尤も」
獺祭に河童の親子招かるる
竜宮に戻れぬ亀の鳴きにける
初夢や白鵬に乗り宇宙吟
寒鯉や鯤にならむと瞑想す
春田打つ孔明片雲仰ぎけり
鮟鱇の見目には罪のなかりけり
探梅やこころに決めし道一つ
くちなしの風の夜道を帰りけり
地球を吊す一本の蜘蛛の糸
(作品紹介)
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◆ ふらんす堂文庫
心にもありたる小窓初明り
「俳句朝日」に四年間にわたって連載したものを一冊に。「句と文と見開きの二頁で一ヶ月分、俳句と文章はお互いに自由である。」とは著者のことば。作品と文章との響きあいを楽しむ一書である。
『俳句朝日』の毎号巻頭に、俳句七句と季節のエッセイ三百字を寄稿することになって、いつの間にか四年が過ぎた。連載の仕事は初めのうちは、肩が凝るものだが、馴染んで来るといそいそと楽しいもの。句と文と見開きの二頁で一ヶ月分、俳句と文章はお互いに自由である。同誌の休刊で締め括りが中途半端に終わっているが、それもまた一興かと思っている。
(あとがき)
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◆ 第二句集
「美しき刻を封じて花氷」涼感もさることながら、花氷には特別な趣がある。それを生きている植物を物体として幽閉した点に見た。そこに生まれる反自然の美は、同時に一瞬もとどまることのない時間を静止させるという超現実性がある。
(鷹羽狩行)
鷹羽狩行抽出
籐寝椅子揺らして父の星さがす
美しき刻を封じて花氷
ほどほどの恋などあらず近松忌
門火焚く膝より低く火を育て
風立ちて花野の色をまた増やす
遠山の揺れゆるやかに青簾
裏返すたびに榾火の火の奢り
山の日に残る力や葉鶏頭
丘の灯の海へなだれて聖夜待つ
空の端のまだ濡れてゐて朝桜
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◆ 第一句集
「火山灰の降る街に来て焚く門火かな」「鹿児島」の前書がある。ご主人様の出身が鹿児島と承知している。桜島の噴火とともに、鹿児島の町々には風向きによって沢山の火山灰(よな)が降る。たまたま火山灰の降る頃、はるばるその町に帰省し、亡き父のために焚く門火である。淡々とした筆致のうちに、故人追慕の気持がしっかりと詠いとめられている。
(山崎ひさを)
自選一〇句
ほどきゐる初荷の紐の長きこと
父祖の地の話となりぬ晩白柚
喫茶去や露地に一樹の糸ざくら
母の日に卒寿の智恵を借りにけり
しばらくは銀河の中に子も吾も
月の客見送る鼓一つ打ち
老い母の一服点てし名残の茶
道元の墓に色鳥来てをりぬ
口切の客を見送りひとりの茶
寒林を行く全身を耳にして
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◆ 第三句集
俳句という一点でつながった人間関係は弱くもあり強くもある。そのあたりの不即不離の関係が何とも言えない。不即不離は俳句を通じた人間関係にも、そして俳句と自分自身の関係にも成り立つ概念であろう。
「あとがき」より
産声はどこまで届く新世紀
たそがれの笑いは晩秋のリズム
夏至終わる呼吸が終わる人終わる
同じ手で握手を交わす更衣
小春日や裕という字に衣あり
母校では素直になれよ若葉風
追憶の寅さん秋をはみ出して
どれくらい生きればボクの吾亦紅
うららかな平行線の二人です
初つばめまだ見ぬ人を待ち受けて
自選一〇句
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◆ 第一句集
句集名となった「梅日和」はいくつかの中から作者が決められた。園子さんは、「末の娘の婚の黒髪梅日和」の、明るく初々しい一句より選ばれた。作者の人柄そのものであった。序文を書くに当って、馥郁と日差しに匂う梅の風景が眼前に浮かぶのである。
(舘岡沙緻)
自選一〇句
山見えてどんどの竹の積まれをり
末の娘の婚の黒髪梅日和
娘は今も母に厳しき夏大根
病みて知る夫の情けや草の花
長き夜の墨の香籠る主婦の部屋
写経場の少女の正座二日かな
ご神木の太き走り根山笑ふ
嬰はいかに続けざまなるはたた神
十三仏矢倉に在す余寒かな
日当りのよい木ばかりに冬の鳥
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◆ 第一句集
「水澄めば水音も澄み長良川」「城山の上をおほひて鳥渡る」のように、風土を確かな表現力によって格調高く詠い上げた作品が並ぶ。「人だかり多いところの苗木買ふ」人だかりしているところで物を買うという人間心理。「見得切りて台詞忘れて村芝居」格好よく見せようとしたのに肝心な台詞が出てこない。二句とも、人間の微妙な心の動きを巧みに描き出す。自然も人間も愛してやまぬ著者である。
(鷹羽狩行)
鷹羽狩行抽出
篝火でおみくじを読み初詣
気のゆるみ戒めるごと寒戻る
堰落ちる水にも力日脚伸ぶ
家中に風を通して更衣
目ばかりが大きくなりて日焼の子
うつし世の塵を払ひて雛納め
鵜篝の消えて魚臭の強まりぬ
大桑の急所を押へ込み括る
角たてて木屑まみれの兜虫
桐一葉落ちて決断すべきこと
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▼単行本・句集 |
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卒寿
そつじゅ
竹原惣一句集 |
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[たけはらそういち「沖」所属(1917〜)]
私家版
帯・能村研三 序文・掛井広通
装丁・君嶋真理子
四六判上製函装
226頁 2007.11.17刊行
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◆ 第二句集
「師の齢目指し卒寿の年迎ふ」 竹原惣一さんは「沖」の静岡支部に所属する方で、『唄ぶくろ』に続いて、目標とした先師の年齢九十歳を越えたことを記念して『卒寿』を上梓した。いつお会いしても竹原さんは気持が若く、前向きで若い人たちの意見も積極的に聞いてくれる。先師登四郎と支部長の松島不二夫を亡くしたが、孫のような歳の新たなリーダーの掛井広通さんを盛りたてて静岡の句会を支えていただいている。
(能村研三)
推薦十句・掛井広通
息までも山椒の香る木の芽和
ためらひの流燈手波して送る
秋燈や妻ともやひの虫眼鏡
万緑や野には働く力瘤
米寿てふ脱皮に似たる年迎ふ
蜘蛛の囲を手刀で切る外厠
鍬振つて「エイ」と春愁土に埋む
今日からは四世代なり初燕
年の豆一〇〇粒目指し農に生く
初蝶と語る卒寿の野菜守
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◆ 第二句集
「馬の名は嵐と言へり水の秋」 哲子さんはいま、俳句を作ることが愉しい真っ盛りである。自分の培ってきたものを大事にしながら、北海道に大きく包まれて存分に詠んでもらいたいと思う。
(太田土男)
自選一〇句
体操の白き整列さくら咲く
わが為の皿の葡萄を高く盛る
春の夢濡れざる川と思ひけり
鉛筆に眉墨まぎれ朝の蝉
氷像の翼のほかは粗削り
流氷へ広き間口を掃いてをり
野菊咲き北狐またふりかへる
花屑の流れて石をふちどれり
少女たち手話で紫陽花讃へゐる
木累(かんじき)や蛇のねむりを踏むやうに
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◆ 第一句集
「兄の忌や母の背丸き春袷」略歴によれば、よね子さんの俳句入門は、平成十年である。したがって兄の孝一さんは、よね子さんが俳句を識る、それ以前にすでに他界されておられたと思われる。亡き兄の忌を修するため、春のある日、母を囲んではらからが皆相寄る。頼みの長子に先立たれ、あとに遺された逆縁の母である。齢を重ね、春袷の背が少しく丸くなってもいる。淡々とした調べの中に老い母を気遣う気持ち、亡き兄を偲ぶ思いをしみじみと汲みとることができる。
(山崎ひさを)
病む姉の口に一粒さくらんぼ
木犀のことに香る日姉逝きぬ
花冷えや面会謝絶のドア重し
亡き姉の帯締めにけり白桔梗
小春日の中のよちよち歩きかな
大旦孫が隣に寝てゐたる
神田祭神田生れの夫と来て
ベランダに夫と酌みをり今日の月
枝豆やわれに過ぎたる夫のゐて
しやぼん玉飛ばして夫の誕生日
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◆ 第一句集
清らかな心ばえ 友岡子郷
何よりもかけがえのない点は、外界の対象に向き合って、たんなる好奇心が先立つのではなく、その胸懐にあるものが障りなく対象に融和している点である。そこに煩雑なものはなく、みな温かく清らかに和している。清らかな心ばえ、と私は呼びたい。
明け暮れの何かが遠し花辛夷
松の芯一子異国に教師たる
砂防林囀れるたび沙こぼれ
泊船の白としばらく冬木道
継ぎはぎの埴輪の馬に春の風
蕗原の蕗の身丈の童子仏
冬麗や松に威のある国分寺
素心とは冬青草のひとところ
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◆ 第一句集
「餅ひとつ入れて編みたる福俵」「福俵」は小正月のとんどの飾り物のひとつで、めいめいが家で編んで作ったものである。新春の季の物であるが、限られた地方のものゆえ、歳時記には季語として登載されていない。餅を一つ入れて、俵の形に編んだのであろうか。俵の、餅の呪力を信じての「福俵」かもしれない。
(茨木和生)
自選一〇句
手拭は霜の畑で見つかりし
献体の屍凍えてゐはせぬか
目に母乳差してもらひぬ木の芽時
鉦打ちて灰寄せ詣で日の盛
乳房なき人と並びて髪洗ふ
鮫皮の胴も磨きて魂迎
密会と間違はれしよ菌狩
さへづりもころも入らぬおでんなど
墨入りのよき紙選ぶ試筆かな
朝悔みすませて来たり花菜漬
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◆ 第三詩集
自殺を殺す
一千万の馬を抱えた胸
レールの上を滑って行く
読む者はいない
切り裂くようにシャツを
開く仕草があるだけだ
現代詩の旗手――
岸田将幸の『生まれないために』『死期盲』につぐ第三詩集。
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