●岸本尚毅特選 花ぐもり閻魔は金の帯しめて 喜代子 あたたかき水を洩らして手水鉢 喜代子 いと稚くおたまじやくしのさまなさず 喜代子 その下を見えてバス来る朝桜 喜代子 うららかや墓を濡らして帰りたる 章
尚毅選 蝌蚪の水一つ二つは浮くもあり 喜代子 花びらをつけていつものコート地味 定生 ふらここや漕ぐとき足を伸ばしけり 章 固まればぢつとしてをり蛙の子 朋 花びらや墓石の前に短き階 定生 芳しき草々供へ墓前かな 董子 洞ありて苔むす幹や花の屑 定生 はこべらを惜しみつつ抜く庭手入 董子 清明のうすく濃くなる空の青 朋
美しきもの散り敷きて蠅生まる 章 蚊もをらぬお堂の隅や花の昼 朋 蛙の子頭揃へて尾を振れる 朋 小振なる揚羽が飛んで春の墓地 定生 雪柳剪りて生けしが上を向く 定生 常磐木の轟々と鳴る落花かな 定生
○縄を張るのみの囲ひや雪催 これはすっきりした句だとおもいます。 ○花ぐもり閻魔は金の帯しめて 「閻魔」はちょっと唐突ではあるかもしれませんが、場所がお寺だと思えばあまり唐突ではないのですが、この「金の帯しめて」というのがいいですね。これが写実になっていて、閻魔の像というのは、金の帯なんですね。僕はちゃんと見なかったけれど、ちょっとキンキラした感じのあまり古くない閻魔像ですよね。「ことがら」にならずに「もの」になっているということですね。「金の帯しめて」と言ったことで、句全体が「もの」になったというか、「花曇り」というものの質感がとらえられているということだと思います。 ○あたたかき水を洩らして手水鉢 「あたたかき」という季題がうまいなとおもいます。「手水鉢」というのは、手水鉢のふちから水が少しずつこぼれている、ということもあるし、台座をつたわって石の側面をちょっと水が伝わったり湿ったりしているということなんですが、この「あたたかき水を洩らして」ということで、「あたたか」という季題はふつうは時候や大気につかうのですが、この句の場合には水の温度につかっているわけです。まあ、さわってあたたかいというのでもなくて、水の光なんでしょうか、手水鉢の水はわりあい良く光が見えたり、ものがうつったりするんですけど、そのあたりの感じがよく出ていると思います。 ○いと稚くおたまじやくしのさまなさず いと稚くは「わかく」と読むということですが、僕は「おさなく」と読んでもいいと思います。これは蛙の卵で、まだおたまじゃくしのかたちになっていないことをそのまま詠んだわけですけれど、まあ、こういうふうな句はいままではあまりないかなあ、と思いました。 ○その下を見えてバス来る朝桜 この花見に行くような桜ではなくて、街角の朝桜の風景として、すっと入ってきますね。バスがとおるような道で、ある典型的な風景になっているんじゃないかなあと思います。 ○うららかや墓を濡らして帰りたる 「墓参り」ではなくて、「墓に参る」ということを、さらにかみ砕いて言って、主観が表に出ないんだけど、なんとなく「墓に参る」ということをつらつら考えると、ああ、こういうことだなあという感じの句ですね。