ぼくがひとりなのは、見すてられたからではない。
ぼくがひとりなのは、ひとりでいるから。
農園の壁のあいだのあの巴旦杏の実のように。

ルネ・シャール 詩集『読書室は火ともえて、その他』1957,より
山本功訳
俳句のような詩だと思い、暗記しています。もし将来、大詩人のように短冊を求められたら、この詩をシャールさまにお借りして書こうと思っています。まだ一度も書いたことはありませんが。どうして俳句のようかといえば、下句が体言止めになっているからです。訳す時は「のように」と言葉を補わなければ落ち着きが出ません。ずっと以前、渋沢孝輔さんと詩学社の嵯峨信行さんと3人で何かの会の後で立ち話しをしたとき、渋沢さんがシャールは難しいね、とおっしゃいましたが、嵯峨さんはシャールがとてもお好きでした。短い詩をいくつも暗誦してくださいました。たしか山本功さんの訳でだったと思います。
シャールの詩は、故郷のソルグ河のさざ波を思わせます。まだ、実際に行ってみたことはないのですが、ソルグ河の写真はいくつも見ていて、その清流が想像できます。果樹園のある土地の有力者の家の息子でした。最終行のcloserie(クローズリー)は屋敷の裏の畑。粗末な格子の垣根で囲われて桃やスモモの木がいくつか植わっています。ゴッホの描いたアルルの花咲く桃の木の絵のように。夏になって、巴旦杏の実が生りました。たった1個。だれひとり気づく人もなく、真っ赤な実を結んでいます。まるでひとりが好きな自分のようだ。シャールには独特な愛の名詩がいくつもありますが、これは自分へのラブレター。自意識と人格のさわやかな結晶です。
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