生の苦しみを忘れた
幸せな死者たちよ
陽が沈み黄昏がそれに続く時
泣いてはいけない、おまえの悩みがどんなに深くとも
その時、魂たちは渇き、そして行くのだ
清らかな忘却の泉へ

ロレンツォス・マビリス 「忘却の川」抄 三浦正道訳
『近代ギリシャ 詩集』(1978、蝸牛社)より
ソネットの名手ロレンツォス・マビリスのソネット「忘却の川」の冒頭の6行です。原詩はギリシャ語で、三浦さんの訳はもちろん原詩にそって4.4.3.3の行をまもっていますが、ここでは、フランス語の意訳をあげます。ロレンツォス・マビリスの祖父はアドリア海の島コルフーの領事に任命されたスペインの高官でした。ロレンツォスは1912年に、第1次バルカン戦争でガリバルディ軍の中尉として戦死しました。現在コルフーの広場に記念像が立っているそうです。ロレンツォス・マビリスの詩人としての業績はギリシャの日常語マリアラでの詩作を主張する論争にあります。画家キリコの実弟アルベルト・サヴィニオは、青春時代に母と兄と共にコルフーに彼を訪問した折の印象を深々とした短編に仕上げています。キリコ兄弟の父はギリシャに 派遣されたイタリア人の鉄道技師でしたが、日頃から「マビリスはまるでアポロ だ」と語っていたそうです。
人間にとって人生は耐えがたい重荷であると考えるロレンツォス・マビリスは、生者よりむしろ死者に対して歌いかけます。死者へのラブレターと言ってよいでしょう。しかし、その呼びかけは死にべたべたと馴れ合おうというのではまったくありません。第2連「その時、魂たちは渇き、そして行くのだ/清らかな忘却の泉へ/だが、水はにごり、黒ずでいくだろう/彼らが愛するものの涙のために」レオパルディと同じように彼のソネットは穏やかな諦念の哀しみに染め上げられています。死者は夕方になると忘却の泉に水を飲みにきて、昔の苦しみを忘れる。もしそのとき生きている者の涙が一粒でも泉に流れ込めば、泉は濁ってしまう。死者たちはアスフォデリの咲く野をさまよって昔の苦しみを思い出す。もしどうしても泣かずにはいられないのなら、死者ではなく生者の上に涙が流されるように。生きているものは死者を清らかな忘却の中に休ませてあげるように、とマビリスは歌います。死に近くらしながら、 死をいつまでも生の悲しみで汚してはいけない、そこにマビリスの詩の潔さがあると思います。
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