おお、一粒一粒と落ちる真珠のようにおぼろな鼓動の波よ
そしてぼくはきみの手をとりきみを呼ぶきみの耳に
口を押しあてぼくはきみをひきとめたいと希う
行かないで行かないでぼくらのほうに戻ってきて
森の中の子供のように途方にくれ
ナイフさながら鋭く尖って見る影もないぼくらのほうに

Jean Ristat 『Tombeau de Monsieur Aragon アラゴン氏の墓』抄
1983年 Gallimard社刊
ジャン・リスタは1943年生れ。1965年にロマン・クリティークとして『ニコラ・ボワローとジュール・ベルヌの寝台』を発表して、その特異な詩風で注目されました。他にもメデユース号の難破事件や、ダントン殺害事件を詩で綴った、ドラマチックな長編詩があります。晩年のアラゴンが身近に薫陶した数少ない詩人で、現在「ディグラフ」誌の編集長です。
だれだれ氏の墓というタイトルは追悼詩を意味し、追悼集の巻頭を飾ることが多いのですが、リスタは1冊の詩集として独立した長編の詩を師アラゴンにささげました。マラルメの「墓」と題するソネットはヴェルレーヌの1周忌に追悼詩として発表されたものです。リスタの詩語には熱があり、少し時代がかった、「ああ」や「おお」も、リスタのコンテクストにかかると、必然となるので不思議です。日常の詩的活動は知的・批評的であるのに、作品にはクールさがおもてに出るよりも、透明に燃焼するパトスが漲っています。アラゴンの臨終を歌ったこの詩もその悲しみの横溢に胸を打たれ、本当に哀しいのは、自分の死よりもむしろ親しいかたわらのひとと死別することだと改めて思い至らされます。この長編詩を詩誌「オルフェ」70号(1985)のために訳した時、渋沢さんはすこぶるお元気で、原稿にびっしり赤が入りました。楽しくて辛い訳詩という仕事の第1歩でした。
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