消してしまえたら いいのに
若い時に
ささやいた 名前なんて
そして 忘れる術を知るの
やさしさの 視線と接吻なんて
そして 凍りついた川の上を
通り過ぎるのを見つめるの

Patricia Kaas ライブ・アルバムより 「古ぼけた人形」祈本雪臣訳
孤独な詩人のメッセージからすこし方向を変えて、パトリシア・カースのライヴ・コンサートの熱気とパワーを浴びてリフレッシュしましょう。露天風呂の熱い温泉で蒸しあげられたように毛穴が全開します。歌詞の内容はシビアなものが多くて、ほっそりした少年っぽいからだから奇跡的に湧き出すパワフルでしわがれた、野太いともいえる声とよくマッチしています。曲はフランソワ・ベルナイム、歌詞はディディエ・バルブリヴィアン。1966年北フランスロレーヌ地方のドイツとの国境の町フォルバックの生れで、母はドイツ人といいますから、ドイツ文化の匂いの強い環境で育ち、それが彼女の歌手としての強い個性でもあります。そして北フランス、ロレーヌと言えば、まずジャンヌ・ダルク、そして少し西によって、詩人ランボーでしょう。北の熱情といいますか、知と熱を坩堝に入れてかき回せば、金が生成する、その金とはすなわち人間という数式さえイメージできます。10代から舞台に立ち、パリでデビュー曲をリリースしたのが21歳。同じ年に2曲目「マドモワゼル・シャント・ル・ブルース」で大ブレークしました。しかし、彼女の真骨頂はライブでしょう。1990年に日本を含む13カ国におよぶ世界ツアーに出て、それ以後ずっと精力的にツアーライブをこなしています。からだを後ろに反らすイナバウアー風の姿勢でシャウトし、「シャンテ・アベック・モワ!」と聴衆に呼びかけるパトリシアに会場はユニゾンと手拍子の熱気に包まれ、フランス語で歌っていても何の不便もないワールドワイドな音楽性と、バックバンドの質の高さ。ドラムスなどは地球を叩き壊し(?)かねない張力のビート。ライブアルバムを聴いた後では、レコーディングアルバムが物足りなくさえ感じてしまいます。このパワーを、10代からしっかり吸収したアメリカンビートとブルースの安定感がバックアップしています。「ケネディ・ローズ」や「ルギャルド・レ・リッシュ」の強烈な反逆性。30代後半に入ってからのアルバムに、多少ムード的なテイストが加わってきたのが気になりますが、「ヌーベル・シャンソン」を主張するオーサンティック性の根源にあるピアフ、モンタン、アズナブール、アリディ、バルタンの系譜を引き継ぐ時代性と思想性を身に付けるのは40代に入ったこれからの10年ではないかと思います。
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