ほんとにおれは願うのだ、季節のめぐりに擦りへらされること。
「自然」よ、この身をおまえに返す。
おれの食い気も、おれの飲み気もすっかり返す。
それでも、お気に召すなら食わせてくれ、飲ませてくれ。
おれにはまったくなにひとつ幻想はない。
太陽に頬笑むなんて、両親に頬笑みかけるのも同じこと。
ほんとにおれは、何に対しても頬笑んだりはしたくないのだ。
ただこの不幸を思うさま、味わっていられるように。
アルチュール・ランボー「五月の軍旗」抄渋沢孝輔訳
Je veux bien que les saisons m'usent.
A toi, Nature, je me rends;
Et ma faim et toute ma soif.
Et, s'il te plait, nourris, abreuve.
Rien de rien ne m'illusionne;
C'est rire aux parents, qu'au soleil,
Mais moi je ne veux rire a rien;
Et libre soit cette infortune.
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≪ Bannieres de Mai ≫
詩集『イリュミナシオン』の62篇中の11番目に置かれた、3連からなる詩「五月の軍旗」の最終連です。1872年という日付けからすると、18歳の作で、この夏ヴェルレーヌとロンドンに出奔します。16歳で、「感覚」の最終行に「女を連れているように幸福に」と書いた少年が、そのすぐ後の「看護修道尼」では、「おれたちにぶらさがるのはいつもおまえだ、乳房持ちめ」と女性に対する嫌悪を露わにして、アンビバレントな自分の生理をもてあまし、いらだっています。「五月の軍旗」ではそんな葛藤を必死に振り払い、肉体の放棄に向かおうとしているかのようで、訳者の渋沢さんはそうしたランボーを「痛ましい」と読まれています。上記の8行だけでも、行間に火花が飛んでいます。
フランスの近代詩人中で最も「男らしい」のはランボーでしょう。まだ少年ですが、きりっとしている。言葉と本人の間に掛値がない潔癖さ。武士のようで、日本の詩人たちにもとくに愛されるゆえんです。ただこのままで人生は渉り切れぬことをさとって、21歳ごろには詩を捨て、男として身を立て、金と職業を確保し、結婚すると、目標を転換したのでした。その潔さがまた、彼の詩を読むものの心をゆさぶります。
ランボーは詩を生きようとする青年の標本のような存在です。それを本人は「この不幸」を心置きなく生きることだと喝破しています。
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