悲しみよさようなら
悲しみよこんにちは
天井のすじの中にきみは書きつけられている
ぼくの愛する眼の中にきみは書きつけられている
きみはちっともみじめなんかじゃない
なぜならどんなに貧しいくちびるだって
ひとつの微笑でもってきみをそっと明かすから


詩は翻訳できないという人がいます。厳密に言えばそうかもしれません。仏文の学生になりたての頃、根岸良一訳『寝台テーブル』を、国文社版の白い真四角な本で読んだときの感触は忘れがたいものでした。表紙にのった原題を「ル・リ・ラ・ターブル」と声に出すと、その音の響きで周囲がぱっと明るくなるようでした。翻訳はオーガンジーのカーテンを透かして見るような感じでした。翻訳のセンスの良さにうながされて、もっと精しくはっきり見たいという気持が高まりました。エリュアールはいま、勁草書房1969年刊の『愛』によってその真価を知ることができます。エリュアールを読み解くことに半生を捧げられた高村智(さとる)氏の編訳によるものです。「着物をぬぐ たのしみ/あなたの乳房とあなたの快楽を みせなさい」。愛とこれほど直接に向きあい、自分をさらけ出す力をエリュアールは何によって持つことができたのでしょうか。パリの北郊サン=ドニ育ちの町っ子。純で、人の心に敏感で、人懐っこくて。ルネ・シャールをはじめ、エリュアールに導かれてパリのシュールレアリズム運動に参加した詩人、画家はたくさんいます。
18歳の大学生フランソワーズ・サガンのベストセラー小説『悲しみよこんにちは』は、タイトルがエリュアールのこの詩からとられていることはよく知られています。(エリュアールはモーリヤックの「悲しみよこんにちは、青春よこんにちは」というフレーズからとった?)言葉はどんどん受け継がれ進化していきます。tristesse《悲しみ》という抽象語にたいして親しみをこめて呼びかけて、恋人のように親密なものにする精神の技を、わたしたちは楽しませてもらっています。
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