私はいかなる感覚器官の働きにも翻弄されぬ
とは言うものの、ある晩、エチエンヌ・マルセルの銅像の近くの
灰の髪のなかで歌っていた蟋蟀に
突然共謀のまなざしを投げかけられ 命令されたのだ
アンドレ・ブルトンよ 通れ と


ポール・エリュアールとアンドレ・ブルトンは二つの世界大戦にまたがるシュルレアリスム文学運動の核心の同志ですが、詩人としての資質は対照的です。
アンドレ・ブルトンの愛の詩といえば、わが妻は…と、女性の肉体の各部をイマージュで羅列していく「自由な結合」が代表作にあげられますが、ここでは、少し視点の変った愛の詩をあげてみます。この詩は1923年の夏パリで書かれ、14年後の散文集『狂気の愛』に再録されています。『狂気の愛』は、16歳になった娘が読むであろうことを想定して書かれた、父から娘への手紙のかたちをとった、たくさんの図版の入った美しい散文集です。この「向日葵」というタイトルの詩は上掲の最後の5行によって、しばしば引用される、ブルトンの美学を知る上で重要な作品と言われています。ある夏の夕方、パリの街角の銅像のそばを通ったとき、鳴いていたコオロギが目配せして言った、「アンドレ・ブルトンよ、通れ、と」。ここでは愛するより愛されることがテーマです。
最終行の「通る passer」という動詞には「通る」か「通れ」か、2通りの解釈があります。 1993年の冬、パリのバティニョル墓地にブルトンの墓を参りに行ったとき、夕闇が迫り、閉門時間が近づいても見つからず、あきらめかけて墓番に訴えると、駆け足で案内してくれました。「彼は無神論者だったから十字架ではなくてロザースが飾られています」という墓番の言葉が思い出されます。パンジーのポットがひとつ、寒そうに花びらを震わせていました。墓碑銘は《Je cherche l’or du temps われは時の黄金を求む》とありました。
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