心が熱くなり、睫毛の縁を濡らすものがある。それは君の鼻梁にそって、朝露の小川となって口元まで降りてゆく。君はその塩味の本質を吟味する。これは腐敗の点火ではないぞ。昇ってくるのは、父が君に言いたかったが、ついに口にできなかった言葉なのだ。それを彼はなんとかこの息吹によって伝えてくるのだ。ゆるやかで温もりがある、品のいい、優しさそのものの息吹。父が言わんとしているのは、この優しさだ。誰にも見えないが、君だけに、君一人だけに感じられる優しさ。

Christian Prigent 『Demain je meurs 明日わたしは死ぬ』 POL刊,2007 より
立花英裕訳(原文は訳文の1部)
1945年生れの詩人クリスチャン・プリジャンは、それまでのさまざまな詩の傾向にとらわれず自分たち自身の詩を創造しようとして、1969年にスタインメッツと共に詩誌TXT(ティクステ)をはじめました。この活動から、ドウニ・ロッシュ、ノヴァリナ、ヴェレジェンらが育ちました。TXTの活動は1993年に終了しました。以後プリジャンはエッセイ、小説を多く発表していますが、小説の内部に詩は内包されて独自の混合体をなしています。昨2007年4月に発表した『あしたわたしは死ぬ Demain je meurs』は故郷のコートドノール県の県庁所在地サン=ブリュー市の市長だった父の死をテーマにした小説です。プリジャンの作品は語彙がきわめて豊富でたいへん訳者泣かせです。プリジャンのエクリチュールは、けっきょく、可能なかぎりの語彙を駆使して無限に自己に戻ること、すべての装いから自己自身を自由にすることを目指しているように見受けられます。
60代に入った現在、自身の作品の公開リーディングで各国を回っており、2000年と昨2007年に来日して学習院大学その他で講演しました。ブルトンについて、「彼には素晴らしい詩が3行ぐらいあるが、音楽性が欠けているので、それ以上は続かない。」とにこりともせず早口に無駄なく語り、独自性を最優先し、妥協を排する態度に、先鋭な詩人としての自負が感じられました。
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