このすべての労働、苦しい言葉の労働が
イメージを組み立てるのは何とわずかな満足を
求めてのことだろう!
地球が目の前の苦痛にあふれ
――禍いが助けを求めているときに

Louise Herlin 「雲 Nuages」 NRF 414-415(1987)より
有働薫訳
フランスの文芸誌NRF誌上で出会い、詩の同人誌「オルフェ」80号(1987)に訳したルイーズ・エルランの「雲」と題する中篇の詩からの抜粋です。エルランという女性詩人について何も情報が得られないまま時間が経ち、しかもこの詩によって受けた印象が強く私の意識にしみついていました。昨年ネットでエルランの最新詩集の情報が手に入り、とびついたのです。まさにあのエルランです!長い不在の後の再会という感じでした。フランスでも女性の年齢を伏せる慣習から、彼女の正確な生年はどこにも記されていません。これはかなり歯がゆい扱いです。推定からすると70代半ばと思われます。なぜ見知らぬ彼女の詩が私の意識に強く引っかかっていたのか、今はかなり明確になってきました。引用の数行からも分明のとおり、この自己分析の強い知的なフレーズをこちらの感性が正確にキャッチしたからです。詩の魔法といいましょうか、伝播力といいましょうか? 詩句は万人へのラブレターだと思います。そして世界の悲惨にもかかわらず、なお、詩への愛を捨てるわけにはいかない知性の業といいますか…なんだかエルランが世界に向けて「助けて!」と叫んでいるように感じられてなりません。
エルランの最新詩集は『オランダ人の修道女』(2005)というタイトルです。1993年には『メリヨンの鳥たち』という詩集を発表しており、このメリヨンとは19世紀中葉の異能の銅版画家で、彼が残したエッチングのパリ風景には空にたくさんのアホウドリが飛んでおり、それが精神を病んだ彼の幻視だとも、未来的な予言だとも解釈されています。エルランがメリヨンの予言をどう受取っているのか、その把握はこれからの私の仕事になるでしょう。
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