アフリカアフリカ おお もっと陽気に おお ストローフ
発止たる美 わたしは夢を見ていた おまえの中に男はその重い
流謫を結んでいた いまやわたしはその厚みを偏平な顔へ
ギブスを鉄へ 珊瑚礁を魚へと決別した
見よ 簗は開かれてあり 見よ砂浜のアフリカ女を

Edouard Glissant 詩「アフリカ」より抜粋
恒川邦夫訳 出典は『対訳フランス現代詩アンソロジー』2001年思潮社刊
エドゥアール・グリッサンはカリブ海の東、アンティール諸島のフランス海外県マルチニック島の北部の町ブゾーダンで1928年に生れました。マルチニックの人々は歴史を遡り、自らの出自をアフリカに置き、長い時間をかけて自分たちのクレオール性を誇りとしようとたたかってきました。クレオール性とはつまり、混成性を指しています。民族学者ミッシェル・レリスはその努力を「…白人たちの面前で、自らの人格の完全性を確認すること」としています。マルチニック人の日常語であるクレオール語は口承語で、グリッサンは「アンティル性」を主張しつつフランス語で書く人ですが、母語の特徴をフランス語に反映させ、うねるように繰り返す口承的文体を創造しています。上掲の詩でも、3度くり返される離別のイマージュは厚み、ギブス、珊瑚礁を去り、偏平な顔、鉄、魚を求めるという意志であり、この詩の前の部分にある「海の襞に身を包んだアフリカ女が歩いていく/あえてその名を呼ぶ者、女は応え、男はわが女王を見る」というフレーズが、ここでまた出現して、「見よ砂浜のアフリカ女を」、と呼びかけています。朗誦したら見事ではないだろうかと思わされます。マルチニックの人々は自分たちがフランス語を用いることを「フランス語に住む」と表現しており、これは、師のエーメ・セゼールや、レオポルド=セダール・サンゴール、レオン=ゴントラン・ダマスら先輩詩人を経由して、抑圧してくるフランス語に対し驚くべき豊かさと強さを逆にこの言語に与えるものとしての尊厳を獲得していると言えるでしょう。
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