俳句のページ

有働薫の詩人のラブレター

◎詩人のラブレター31

澄んだ泉に
散歩に行って
水が余りに美しくて
私はゆあみした。
   ずっと前からあなたを愛しているの
   忘れることはありえない  




フランス民謡 A la claire fontaine より
福井芳雄訳


 この素朴で清らかな民謡を聞くと、フランスの田舎の古くからある典型的な情景が思い浮かびます。『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』高山一彦編訳2002年白水社刊によれば、ジャンヌが裁判で答弁した自分の子供のころの情景もこんなふうだったようです。故郷ドンレミ村の近くに女達の樹とか妖精の樹と呼ばれる樹があり、かたわらに泉があった。その泉には熱病患者が水を飲みに来、治るとその樹のまわりに踊りに行く。それは山毛欅(ぶな)と呼ばれる巨木で、その樹から5月のお祭を祝うための小枝を採った。ジャンヌは他の娘たちと一緒に遊びにゆき、ドンレミの聖母マリアの像に捧げるためにこの樹から葉飾りを作ったこともある。土地の古老達から妖精達がそこに出没するという話も聞いた。若い娘達の手でその樹の小枝に花の冠が懸けられるのを見たし、ジャンヌ自身も娘達と一緒に懸けたこともある、などなど。この歌の2連め、「樫の葉かげで/体を乾かした/一番高い枝で/夜鶯が歌っていた。/ずっと前からあなたを愛しているの/忘れることはありえない」。真率な善意や愛が育まれる自然環境が想像されます。この裁判記録は、もうひとつの復権裁判記録とともに、伝説上の人物と考えられていた尋常ではない女性が、実際に存在したひとりの若い娘だったことを、その答弁の内容の自然さから教えてくれる貴重な資料となっています。
 フランスの古い歌の中で心を揺さぶられる歌がもうひとつあります。「北の橋の上で」という古びた旋律の歌で、「北の橋の上で舞踏会が開かれる/アデールはお母さんに行きたいとせがむ/いいえ、娘や、踊りに行ってはいけませんよ/部屋に上がりアデールは泣き始める…」農業を基本経済としていた頃の人の暮らしが髣髴として、そこはかとない郷愁に誘われます。


有働 薫(うどう・かおる)
1939年東京杉並生れ。第1詩集『冬の集積』(詩学社)、第2詩集『ウラン体操』(ふらんす堂)ほか。 モルポワ訳詩集は、『夢みる詩人の手のひらのなかで』(ふらんす堂)、『エモンド』(ふらんす堂)、『青の物語』(思潮社)。
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