白い月
森に映え、
枝々から
葉をふるわせて
発する声……

ポール・ヴェルレーヌ 「白い月」抄 渋沢孝輔訳
詩集『よい歌』(1870)講談社世界文学全集38(1976年刊)より
このため息のような詩は、むだがなく、シンプルそのものでいて、互い違いに踏む脚韻が響き渡り、これほどうっとりさせられる調和が他にあるでしょうか?第2連、第3連の訳はつぎの通りです:「底深い/池の鏡に/映る影、/その黒い柳に/風は泣き…//さあいまは、夢みる時。//ゆったりと/やさしい和らぎが/月の渡りの/虹色の空から/降りてくるよう…//いまこそは 妙なる時刻。」フォーレが曲を付けて、フランス象徴詩のプラチナといえるほどの位置で、永く生き続けるでしょう。2月8日は詩人渋沢孝輔氏の命日です。亡くなられてはや11年。入院中に書かれた詩の中で、ヴェルレーヌの「空はいま、屋根の上に/あんなに青く、あんなに静か」を思い返していらっしゃいます。ランバリヤン渋沢孝輔がヴェルレーヌをつぶやいていらっしゃるのが、興味深いと思います。ランボーについて、渋沢さんは「痛ましい」とおっしゃっていました。
私がよく聴いていたレコードはジェラール・スゼーでした。ヴェルレーヌの詩には、ドビュッシーやフォーレ、デュパルク、レイナルド・アーン、その他多くの音楽家が曲をつけています。フランス歌曲(メロディと呼ばれます)の男声はバリトンが多いですが、中音の高めで、ユニセックスなニュアンスが抽象化された世界を創りあげています。先日、ロメールの「我が至上の愛」という映画をみました。ロメールは88歳になってこれが最後の映画だろうと語っているそうですが、ローマが侵攻してくる以前のガリアの自然を舞台にした純愛物語で、劇中に歌われるメロディも、単純でもの悲しく、主人公たちが必死なだけに喜劇味もあり官能的でもあり、ヴェルレーヌの詩の源泉をみるように思いました。ヴェルレーヌは生まれながらにこうした感受性を受けついでいたのかと思います。ランボーはそれに比べるとややドイツ的かもしれません。
|