俳句のページ

有働薫の詩人のラブレター

◎詩人のラブレター36

秋の牧場には毒がある けれどもそれは美しい
牝牛たちは草を食べながら
いつか毒を飲んでゆく
花を開いた犬サフラン 目のくまの色 リラの色
あの花に似たきみの目は
そのくまの色 秋の色 紫がかったすみれ色
そうしたきみの目のせいで ぼくの生命もいつか毒を飲む



ギヨーム・アポリネール 詩集『アルコール』(1913)より「犬サフラン」抄 滝田文彦訳
講談社世界文学全集38 1976年刊


  「犬サフラン」というタイトルの、全15行の短い詩で、アポリネールの代表作の1つです。みずからを「ふられ男」と呼ぶように、アポリネールは肥満型の巨漢で、その詩的天才と裏腹に惚れっぽい、純な感性の持ち主だったようです。イタリア人の父、ポーランド人の母の間にローマで生れ、19歳のとき母と弟アルベールと共にパリに出て、さまざまな曲折のすえ、文学、絵画全般にわたる卓抜な評論と、詩集『アルコール』ほか詩の創造で圧倒的な名声を得ました。ピカソ、ブラック、ウンガレッティなど多くの友人が彼の家を訪れました。詩集『アルコール』はフランス象徴詩が20世紀の現代詩に移行する先駆けでした。すべての句読点を取去って言葉の想像力を高め、日常語で平常の感情を自由に歌いながら皮肉も夢想も含み、なかなか難解でもあります。私にはアポリネールの詩の基調にはどれにも嘆きがあるように思えます。さらに、雨や噴水などのかたちに詩のスペルを並べて行くカリグラムはアポリネールの独創で、現在でも生気が失われていません。牧場に自生する犬サフランを歌った上掲の詩も、単なる恋愛詩ではなく、そのやるせない感情の裏には、生の残酷さ、精神のあこがれの強さなど、現代人の意識の深層を覗く思いがします。「犬サフラン」の最終行は、「牝牛たちはゆっくりと…秋が毒ある花を咲かす広い牧場を永久に後にする」とあります。男を苦しめ続ける女、それは自分を受け入れない社会の象徴でしょうか。女性の愛を得るべく詩人は血のにじむ努力を続けるのです。 アポリネールが母に先立って38歳で亡くなったとき、母は息子を、同じ日に亡くなった作家エドモン・ロスタンにも比肩する詩人だとは気づかず、「いいえ、のらくら者でしたよ」と言ったということです。ずば抜けた詩的才能に恵まれエスプリ・ヌーヴォーと呼ぶ詩の革新運動をリードしながら、普通の人が求め得る幸福の充足感を欠いて苦しむ天才の姿が見えて、切なくなります。

 私がよく聴いていたレコードはジェラール・スゼーでした。ヴェルレーヌの詩には、ドビュッシーやフォーレ、デュパルク、レイナルド・アーン、その他多くの音楽家が曲をつけています。フランス歌曲(メロディと呼ばれます)の男声はバリトンが多いですが、中音の高めで、ユニセックスなニュアンスが抽象化された世界を創りあげています。先日、ロメールの「我が至上の愛」という映画をみました。ロメールは88歳になってこれが最後の映画だろうと語っているそうですが、ローマが侵攻してくる以前のガリアの自然を舞台にした純愛物語で、劇中に歌われるメロディも、単純でもの悲しく、主人公たちが必死なだけに喜劇味もあり官能的でもあり、ヴェルレーヌの詩の源泉をみるように思いました。ヴェルレーヌは生まれながらにこうした感受性を受けついでいたのかと思います。ランボーはそれに比べるとややドイツ的かもしれません。


有働 薫(うどう・かおる)
1939年東京杉並生れ。第1詩集『冬の集積』(詩学社)、第2詩集『ウラン体操』(ふらんす堂)ほか。 モルポワ訳詩集は、『夢みる詩人の手のひらのなかで』(ふらんす堂)、『エモンド』(ふらんす堂)、『青の物語』(思潮社)。
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