ブロンド色の蜜蜂よ、お前の針が
仮令
どんなに鋭くて 命取りであらうとも、
わたしの胸の柔らかな籠の上に
薄紗
の淡い夢を わたしは 著せただけ。
恋愛
が 息絶え絶えに
微睡
んでゐる
この胸の美しい
瓢
を さあ刺しておくれ、

前回では、ポール・ヴァレリーの私的なエピソードを取り上げましたが、ヴァレリーはいぜんとして現代の若い詩人たちの、理想の詩人であることに変わりはありません。1994年に今はフランス現代詩のリーダーのひとりであるジャン=ミッシェル・モルポワが来日して東京大学で講演したときのテーマが、前回とりあげたヴァレリーの“Interieur”でした。今回は、同じヴァレリーの詩集“Charmes”のなかの、恋愛をテーマにした美しいソネット「蜜蜂」の最初の6行を挙げます。細かな羽音を立てて飛ぶ蜜蜂に語りかけているのは、一人の若い娘です。物思いにふけるこのレースに包まれた柔らかな胸を刺して欲しい。その痛みこそ私の生命の証しである恋愛の核心であるのだから、と、恋を求める女性の切実な心を訴えています。ブロンド色、蜜蜂、羽音、若い娘、レースのブラウスを着た彼女の瓶のように丸い胸元、こんな燃えるように明るい繊細な世界を創りだすヴァレリー、そして、若い頃は自分が詩人であることを極力避け、実務に就いて社会に参加しようと懸命な努力を重ねた高い良識、第1次世界大戦による国内の混乱を精神的なリーダーのひとりとして尽力した強い精神など、社会にとって詩人はどうあってほしいかの今日的な問いに答える敬愛すべき人物像でもあるのです。
社会のさまざまなわずらいに背を向ける態度が詩人の純粋な姿だという定番を、ふたたび逆転させた生き方、没後に矛盾に満ちた人間的な側面が判明したとしても、その「純な意志」は、疑いなく知性の詩人としての理想と仰がれるに足るのでしょう。
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