わたしが夢のなかで折った花を見せましょう
うす水いろの桔梗の花を
小さな発電所の横で手折ってきたように
いまもふるえているうす水いろの花
それをあなたの心の一輪ざしに挿しましょう
すると未知の世界がそっとあなたのものとなるでしょう
そして花はしずかな時をあなたに贈ります

嵯峨信行 「桔梗の花 La campanule」 『愛と死の数え唄』1957年詩学社刊より
有働薫訳・小林路易補正
嵯峨信行さんの最高傑作はやはり広島の原爆投下をテーマにした「ヒロシマ神話」でしょう。わずか12行ほどの詩ですが、フランス現代詩を良くご存知だった嵯峨さんの、現実を正確に要約する手腕が発揮されています。この詩には木島始さんの優れた英訳、また、鈴木瞬さんのドイツ語訳があります。
上掲の「桔梗の花」は小さな作品ですが、55歳当時の作品と知ればその瑞々しさに詩人の魂がうかがわれます。
嵯峨さんの没後、無辺の会の企画で翻訳特集が編まれ、その折、「利根川」、「無名の川」、「桔梗の花」の3篇に仏訳を付けさせていただきました。もう亡くなりましたが暁星小学校からフランス語を学んだ長兄の路易が手を入れてくれました。全7行のうち、3行目の「小さな発電所」によってこの青い桔梗の一輪がくっきりと現実化されています。桔梗の花、それは一篇の詩かあるいは恋人か、それを得た喜びを、信頼できる友人に伝える手紙のようにも思われます。
東大赤門の近くの詩学社をよく訪れました。道路とガラス戸一枚で仕切られた大変に簡素な社屋でしたが、あたりを埋め尽くす詩書とダンディな嵯峨さんによって豊かな詩の世界がつくりだされていました。お酒は召し上がらなくても、ルネ・シャールやウンガレッティなどお話は尽きることなく、いつも飛び上がって長居を恐縮したものでした。
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