俳句のページ

有働薫の詩人のラブレター

◎詩人のラブレター43

なんて彼は、若いんだ!…彼は十六歳と四か月だ! 彼は、肉食鳥の爪の緊縮性のように美しい。いやそれよりも、くびのうしろのやわらかい部分の傷のなかの筋肉の、おぼろな動きのように美しい。いやむしろ、捕らえられた動物自身によって、つねにふたたび仕掛けられる、齧歯類だけをかぎりなくつかまえる、麦藁のしたにかくしておいてもしっかり機能する、不滅のネズミとり器のように美しい。そしてなによりも、ミシンとコウモリ傘との、解剖台のうえでの偶然の出合いのように、彼は美しい!



 1870年11月にロートレアモン伯爵をペンネームとする、24歳の詩人イジドール・デュカスはパリのアパルトマンで死亡しました。生前彼は『マルドロールの歌』と題する散文詩集の出版を悪戦苦闘で試みていましたが、実現せず、製本途中の版が残されました。死後4年たって、ピレネー地方から南米ウルグアイへの移民で、首都モンテヴィデオ市のフランス領事館書記だった父によってベルギーで出版されました。モンテヴィデオといえば、異色の詩人シュペルヴィエルの出身地でもあることが思い出されます。ベルトランの『夜のガスパール』を源流とするフランス散文詩の中でもとくに衝撃的な作品がこの詩集です。1920年代になって文学の革新を志す青年たちが自分たちの目指す美を《ミシンとコウモリ傘が解剖台の上で偶然に出合った》ような衝撃をもたらすものであるべきだと主張したため、「マルドロール」は俄然ポピュラリティを獲得しましたが、そのおおもとの詩集に接した読者は、この宣言以上の衝撃を受けました。最初のうちは悪文で読めないと軽蔑されていましたが、いま、たくさんの読者の努力によって、この詩集の内容の美しさと痛ましさが読み取れるようになりました。作品にはこの異国育ちの青年の孤独と生命の燃焼の激しさが余すところなく定着されています。同性愛の性向に生れついた彼は父の故郷のある少年との熱愛に破局して単身パリに出て文学をこころざしていました。殷賑を極めるパリの街中での疎外感、絶望感、愛の深い傷、自己の生存条件のあやうさを反映する切実きわまる文体によってつくり上げられた悪意に満ちたこの作品世界に読者は戦慄を覚えずにはいられないのです。


有働 薫(うどう・かおる)
1939年東京杉並生れ。第1詩集『冬の集積』(詩学社)、第2詩集『ウラン体操』(ふらんす堂)ほか。 モルポワ訳詩集は、『夢みる詩人の手のひらのなかで』(ふらんす堂)、『エモンド』(ふらんす堂)、『青の物語』(思潮社)。
自費出版のご案内出版刊行案内ふらんす堂友の会オンラインショップ
俳句のページ詩のページ句会のページ投句のコーナーeBOOK
イベント ブログ 各種お問い合わせ 主な取扱い書店 HOME