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有働薫の詩人のラブレター

◎詩人のラブレター45

ここに命も露のごとくはかなき齢四十路に近づき、私は我が身を宿すべくついの栖(すみか)を結んだ。いわば猟師が一夜の宿に柴小屋をつくり、老いた蚕が繭を営むようなものだ。これを以前の家にくらべればまことに小さな庵である。命の傾くほどに栖はいよいよ狭くなる。


Jacques Roubaud “Autobiographie,chapitre X”(1977)
ジャック・ルーボー 詩集『自伝第十章』より 田中淳一訳


 ジャック・ルーボーは1932年生れ、パリ大学の数学教授でした。数学者フランソワ・ル・リヨネーが作家レーモン・クノー(1903生れ)と共に1960年に創設した潜在的文学工房(ウリポ)の会員(ウリピアン)としてさまざまな詩作活動を行うかたわら、独自で広範囲な文学活動を展開しており、若い世代の憧れの的です。ルーボーのきわめて特徴的な活動のひとつに日本文化への深い造詣があり、それがほとんど図書館で日本に関する文献を独りで跋渉することによって形成されたという特異な経歴に驚かされます。ルーボーの第1詩集“∈”は囲碁のゲームの進行を追う形で構成されており、われわれは、46歳の若さで亡くなった特異な作家ジョルジュ・ペレックと庭で楽しげに碁に興じている興味深い写真に接することもできます。上掲の詩行を読んですぐ分かるのは、鴨長明の『方丈記』の書き換えだなということです。この次の連には、「…室内には西の壁のくぼみに鴨長明の絵像を安置し、その位置を日々わずかに変えて彼の顔に夕日があたるようにした。引き戸の上には小棚を構えて、三冊の詩の本と、手帳と、一鉢のバジリコを置いた。」とあって、『方丈記』の記述にしたがい鴨長明を信愛する《真摯なる数学者》の姿が見えてきます。ウリポの活動理念は、古典文学を現在に書き直すリフォームであり、シュルレアリスム運動から政治性を除き、曲芸的な機械的言語操作と本来的な書くことの動機との微妙な拮抗関係にもとづいて技術者のように創作活動を実行するというもので、クノーの篤い信頼を得たルーボーは、現代フランス文学界の傑出した指導者であるのです。クノーには映画にもなった『地下鉄のザジ』、ルーボーには『麗しのオルタンス』という破天荒なエンターテイメント小説があり、それぞれ中公文庫、創元推理文庫で読むことができます。


有働 薫(うどう・かおる)
1939年東京杉並生れ。第1詩集『冬の集積』(詩学社)、第2詩集『ウラン体操』(ふらんす堂)ほか。 モルポワ訳詩集は、『夢みる詩人の手のひらのなかで』(ふらんす堂)、『エモンド』(ふらんす堂)、『青の物語』(思潮社)。
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