ジャンヌ・ダルクにとって、愛国心は感情いじょうのものだった。――それは激情だった。ジャンヌは「愛国心の権化」だった。――「愛国心」が形を与えられ、具体化し、肉となり、手に触れることができ、目に見えるようになったものだった。
愛情、慈悲、慈善、勇気、戦争、平和、詩歌、音楽、――これらのものは、好きなように象徴化して表すことができよう。男女いずれかの性をもち、年齢も自由な人の形にしてだ。しかし花咲きそめる、か細い体の少女が、殉教の冠を戴き、手に、己が故国の束縛を断ち切った剣を握りしめた姿。これを、ほかのものではないこの姿を、「愛国心」の象徴として打ち建ててはいけないのだろうか、あらゆる時代をつらぬき、この世が終わるそのときまで?
マーク・トウェイン : 『マーク・トウェインのジャンヌ・ダルク』 大久保博訳
1996年角川書店刊
原書は Mark Twain:Personal Recollections of Joan of Ark,
ハーパーアンドブラザーズ社 1899年版
ジャンヌ・ダルクを素材にした文学作品のうち、これまでいろいろ読んだなかで最も印象に残ったのはバーナード・ショーの戯曲『聖女ジャンヌ・ダーク』でした。1925年ノーベル文学賞を受け、シェイクスピア以後の英語で書かれた最大の戯曲とされています。アヌイの『ひばり』もいいのですが、500年を経た敵対国イギリスの作家のもの、というのが面白いです。このたび、アメリカの作家マーク・トウェインが名前を伏せて愛娘のために書いたというこの大部な小説の翻訳を読みました。ジャンヌについて書くとき、さまざまなエピソードがどの作家も共通しているのは、数度の裁判の記録という確固とした基礎資料があるからです。同時代のジャンヌの周りの各階層の人々の証言もくわしく記録に残されているという奇跡的な事情もあります。トウェインも忠実にこれらの資料に沿って話を進めています。ジャンヌの事蹟のどの部分に重点を置くか、そこに作家の個性が表れます。トウェインの想像力が最も溌剌とするのはオルレアンの囲みを解く最初の戦争の場面です。全体としては同郷の幼馴染の回想というフィクションの立て方にすこし無理があるように思われますが、他の部分にも忍耐強く付き合って行けば、上掲の巻末の数行で作者の意図がはっきり読み取れます。訳者の大久保氏のあとがきによれば、トウェインはユーモア作家、面白いことを言って笑わせるというレッテルが強すぎて、真面目な講演でも聴衆は笑いを求めてくる、というジレンマに悩んだそうで、晩年は癒しがたいペシミスティックな日常だったとのことです。マーク・トウェインというペンネームは、安全航行水深標識を意味するミシシッピー川の水先案内人の職場用語だとのこと。この作家の人間力の壮大さがひしひしと伝わってきて、読んでいて心が広々と開けていくのを感じます。今回は原文はありません。
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