《四月十九日》 月金は休みはなやげる午後の残滓を卓上に置きざりにして夕暮れが来つ

著者略歴

大辻隆弘(おおつじ・たかひろ)

1960年三重県生。「未来」編集発行人・選者。岡井隆に師事。

歌集に『水廊』『抱擁韻』(現代歌人集会賞)『デプス』(寺山修司短歌賞)『景徳鎮』(斎藤茂吉短歌文学賞)、歌書に『子規への溯行』『アララギの脊梁』(島木赤彦文学賞・日本歌人クラブ評論賞)『近代短歌の範型』(佐藤佐太郎短歌賞)などがある。

 

 

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バックナンバー

  • 5月7日:石壁がひだりに添ひてわが脚をひとつ方位にうながしてゆく
  • 5月6日:わかさぎの身体が黄金の照りを帯びあぶらに浮かび来むまでを待つ
  • 5月5日:街上にメタセコイアの実ひとつあり或いは曙杉の鞠とも言へり
  • 5月4日:泥水にきぞ浸されてゐし草は乾きてをりぬおもて汚れて
  • 5月2日:おどろくべき近さにありし青鷺が濁みだむ声に鳴きて飛び立つ
  • 5月1日:辻の字が二点之繞になりし日に何か偉くなりたる感じしたりき
  • 4月30日:駅を出た所にあまたなる猫が閉ぢ込められてゐる小屋がある
  • 4月29日:みどり子がおのが拳を噛みてをりやがて来む悔しみの予習に
  • 4月28日:歓哀の分かち生まれていま歓の感情に入るこのみどり子は
  • 4月27日:春の空にはかに曇りさむざむと運河が北に開く街に来つ
  • 4月26日:山あひは今なほ寒き春にして晩きさくらの白に逢ひたり
  • 4月25日:葡萄酒のいろに滲める宵闇がおぼめくごとく月にまつはる
  • 4月24日:権力を私したる者なべて濁りゆく迅し宜にしもあれど
  • 4月23日:デ・ホーホの絵画の奥に天鵞絨の触感がある日ざしが届く
  • 4月22日:じんなりと湿る毛布が頸すぢに張りつくごとし雨を歩めば
  • 4月21日:春昼の車道のうへに自動車は影それぞれに敷きて停れり
  • 4月20日:影として幹たちならぶ森のなかを遠ざかるひと、あれが私だ
  • 4月19日:はなやげる午後の残滓を卓上に置きざりにして夕暮れが来つ
  • 4月18日:歌誌「未来」のページが指を切り裂いてわたしは渇くわたしの歌に
  • 4月17日:ほのぬるく眠る乳児を抱きゐるふたつの腕あるいは入り江
  • 4月16日:夕つ日にあかるむ枝がもう翳りはじめむとする川面に映る
  • 4月15日:アスファルトの上に倒れし自転車の前輪がいま見あげゐる空
  • 4月14日:螢烏賊のまなこ零れてゐたりけり伊万里の皿の青きおもてに
  • 4月13日:はなびらの流るる窓を双発の軍用ヘリが浮きあがりたり
  • 4月12日:樟の葉の濃き影ゆれてそのひだり欅のあはき翳がさはやぐ
  • 4月11日:三葉躑躅の花のさかりに来よといふ斜りを占めて咲かむ紫
  • 4月10日:梅の蘂かぐろく残る傍らにわれは立ちたり聖のごとく
  • 4月9日:緩慢に崩ほれさせてゆくことが仕事と言ひぬ歯科医の彼は
  • 4月8日:ひややけく香を放ちつつ樟の木の落ち葉ころがる音を聞きたり
  • 4月7日:桃の散るむかうに見えて遥かなる麦の葉むらは濃くなる緑
  • 4月6日:あたらしき職場は樟が風に鳴る下陰にわが車を駐めて

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