2011年 第2回 田中裕明賞

選考結果

該当句集なし

 

選考委員の言葉

石田郷子

 対象になった五冊は立場も目指すところもそれぞれ異なっていて、昨年とは違った意味で「俳句とはなにか」と悩まざるを得なかった。俳句は、景を描くことによって自ずと何かを伝える力を得るのではないかと思うので、俳句の新しい方向性だとか可能性だとかいうよりも、まずは描いた景を見せてくれる俳句に出会いたいと願った。「景」と一口に言ってもはっきりとした具象であるとは限らない。理屈を越えた心象風景も表現してしまうのが俳句の凄さだろう。掴んだものがあれば、伝わる。『鳥と歩く』は内容が豊かで、読者として楽しませていただいた。〈稲妻や手の中に草起ちあがり〉〈ゆふがたのトタンに跳ねて秋の蝉〉など一瞬を描いた句にことに心を惹かれ、静かにものを映す眼差しに共感した。もっと推すべきだったのかもしれないが、つぶさに見てゆくとどこかに手慣れた表現上の処理が見えてきて、それならばもっとそぎ落とすべきものがあったのではとも思い、迷いが出た。『先つぽへ』は一読新鮮で清涼感があった。〈鉾を解く後に鉾の着きにける〉など生き生きとした写生、〈出張の帰りの植田明かりかな〉などの軽みも若々しい。ただ一過性の面白さで終わる句も意外に多かったのか、この句集にも私は大いに悩んだ。『震へるやうに』も清新な句集。〈心臓の震へるやうに蝌蚪泳ぐ〉など瑞々しく、全体の幼さはあったものの、表現の自由さ多様さに目を瞠った。『鶏』も面白い。〈鶯の声なり左曲がりなり〉など、句会で出合えば文句なくいただく句だ。『千年紀』は、〈馬・羊・栗鼠もいて 人間のいない夜明け〉など、今の時代この状況下での心情にぴったりした句集だった。一冊を最後まで強く推す気持ちに至らなかったのは、私自身の心が未熟なためだが、精一杯務めさせていただいた結果である。

 

小川軽舟

 私は一位に宇井十間の『千年紀』、二位に杉原祐之の『先つぽへ』、三位に杉山久子の『鳥と歩く』を推した。三者三様、まったく違ったタイプの句集である。
 『千年紀』は「世界の終わり」をテーマとして構成された見通しのよい句集である。相当年数作品がたまると一冊の句集にまとめるというスタイルが大半を占める中で、このテーマ性がまず新鮮だった。テーマ自体は目新しいものでもないが、作者の終末観は不思議に明るく、そしてどこかで別の新しい世界が開かれる期待とともに示されるところに惹かれた。〈ひぐらしや遠い世界に泉湧く〉など、このテーマに俳句らしいアプローチで成功している。ただし、その平明さが、まだ深さや厚みに達する途上にあるとも感じられた。むしろ次の句集で真価を問いたい作者である。
 『先つぽへ』は、〈海女小屋の電気メーター回りをり〉など現地での取材を重視する姿勢が生き生きとした作品世界をもたらしている。『鳥と歩く』では〈彗星のちかづいてくるヒヤシンス〉など静謐な抒情性が印象に残った。しかし、どちらの句集も作品にムラがあることは否めなかった。
 受賞作なしという結果は、選考委員の一人として残念に思う。どうかこの結果は、選考委員の本気の表れなのだと理解していただきたい。田中裕明の名を冠する賞であるからこそ、まだ若いのだから期待を込めてというような配慮をしたくなかったのである。
 年齢に関わらず、俳句の言葉はいくらでも磨き、深めることができる。今回の応募者には心からエールを送りたい。そして、今回の応募者の再挑戦も含めて、田中裕明賞の名にふさわしい新しい世界を俳句の言葉で体現する作者の登場を待ちたい。

 

岸本尚毅

 面白い句 が多く、自由に作っている感じがした『鳥と歩く』。作者自身の世界観を丁寧に俳句形式に落とし込んだ『千年紀』。随所に独特のこだわりが感じられた『鶏』 を、この順で推すこととした。『先つぽへ』は、私個人としては好きな句風であり、逆に選考委員としての自制が働いたかも知れないが、他の委員の高評価を得 たことに納得している。『震へるやうに』は他と比べると独自色が薄い印象はあったが、逆に、それが筋の良さと思われ、若い作者の今後に期待する。
 選考結果については、若い作者を励ます賞の趣旨、過年度も視野に入れた絶対水準、当年度での相対評価等を総合勘案したが、最終的に該当なしとなった。本賞はまだ2回目である。選考委員の側でも、悩み、模索しつつ、良い賞にしていきたいと考えている。

 

四ツ谷龍

 一位に推したのは、杉原祐之氏の『先っぽへ』であった

 

  止りたる列車を揺らす野分かな
  慟哭を鎮めんと雪掴みゐる
  川底の色に成り果て鮭死ぬる

 

 強い内容を物に即して描くことで、心情を抑制して叙述しており、冷静な視線に好感がもてた。ただ、切れ字「かな」を多用しすぎて表現のバラエティが乏しいところとか、後半は自己模倣が目につくところなど、確信をもって推薦できない弱さもあった。
 他の四冊には順位をつけがたかったが、二位は鈴木淑子『震へるやうに』、三位は杉山久子『鳥と歩く』とした。
 今回の五冊の句集は、いずれも俳句における「切れ」をどう考えるかという点に課題があったように思う。「切れ」とは狭義では切れ字の用法に限定して受け取られがちだが、本質的には一句の中にいかにして大きな飛躍を取り込むかということを意味する。どの句集もこの点に難があり、結果として「受賞作なし」という判断はやむをえないと考えた。

 

選考経過報告

 第二回田中裕明賞への応募句集は五冊であった。一回目より少ないというのは少し淋しい感がある。選考方法は、第一回目と同様に各選考委員が良いと思うものを三句集選び、三点、二点、一点と点数をつけその結果について討議を重ねるものであった。五句集ということで選考委員はそれぞれの句集を丹念に読み、長時間にわたる白熱した論議のはて、今回は「該当句集なし」という選考結果になった。主催者側としては「若い人を育てるという主旨ゆえにあまり厳しい基準を設けては……」ということを選考委員にお願いし、選考委員もまたそのことを念頭に更に論議を重ね検討したのであるがやはり今回は「該当句集なし」という結論に至ったのである。
 主催者側としてはこの選考結果については残念な思いもないわけではないが、選考委員会の一部始終に立ち会ったものとしての思いを率直に言えば納得できるものである。
 選者も応募者も俳句の伝統を引き継ぎ、それを新しくしていくものとして「俳句とは何か」という「問い」に常にさらされており、選評するということはその「問い」に自らの主体をゆだねることであり自らもまた「俳句」に問われることなのである。
 今回の「該当句集なし」という選考結果によって、選考委員は「田中裕明賞」への自らの志と覚悟を表明したのではないか。
 主催者側としてもその選考委員の決断を大切にしたいと思う。
 各句集の得点結果は以下の通りである。
 杉山久子句集『鳥と歩く』八点、杉原祐之句集『先つぽへ』七点、宇井十間句集『千年紀』五点、鈴木淑子句集『震へるやうに』三点、彌榮浩樹句集『鶏』一点。
 選考についての詳細は第一回と同様「第二回田中裕明賞」として刊行される冊子を是非お読みいただきたい。

 

ふらんす堂 山岡喜美子

 

第二回 田中裕明賞候補作品

○宇井十間句集『千年紀』  2010年4月26日 角川学芸出版
○杉原祐之句集『先つぽへ』  2010年4月28日 ふらんす堂
○鈴木淑子句集『震へるやうに』  2010年6月16日 ふらんす堂
○杉山久子句集『鳥と歩く』  2010年7月9日 ふらんす堂
○彌榮浩樹句集『鶏』  2010年9月17日 ふらんす堂