《三月二十八日》春暮れやらぬ墓の頭蓋骨カラベラ笛を聴く

しゃがみこんで、そっとすくい上げる。月は、光の膜をまとったまま、わたしの手のなかでかすかに震えていた。爪を立てると、皮が裂け、果肉が弾けた。その瞬間、わたしは見てしまった。果肉の粒、一つ一つに、小さな目があるのを。しかも、こっちを見ている。まばたきした。目をこすった。それでも、消えない。わたしは、息を呑んだ。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 4月2日:蓴生う起爆せぬ語のピンを抜く
  • 4月1日:蜃気楼メニューは深煎りひとつだけ
  • 3月31日:靴濡らし春のファルーカ帆を立つる
  • 3月30日:ひとつぶの星を弾くや山椒の芽
  • 3月29日:ささやきは霾るファドの遠き熱
  • 3月28日:春暮れやらぬ墓の頭蓋骨笛を聴く
  • 3月27日:沈丁の香りは血よりなほ深し
  • 3月26日:ビル風の裂く夜桜のひとかけら
  • 3月25日:コート脱ぎコーヒーの香や鼻先に
  • 3月24日:春の夜の空車ばかりのターミナル
  • 3月23日:木蓮のあくびを聞いた気がした日
  • 3月22日:路地裏の猫が焦げたるネガの色
  • 3月21日:寝返ればネーブルの酸に舌目覚め
  • 3月20日:橋脚の錆びの向かうの謝肉祭
  • 3月19日:スイッチのならぶ廊下や朧月
  • 3月18日:暮れかぬるエレベーターの中二階
  • 3月17日:自画像の目と目が合ひて龍天に
  • 3月16日:ネーブルや切符売り場の窓ひらく
  • 3月15日:子犬とメトロ三月を折り返す
  • 3月14日:贋札の一枚まじる辛夷かな
  • 3月13日:クロッカスひとつ遅れて鳴る時計
  • 3月12日:海賊盤ウィリアム・バロウズの春を愛し
  • 3月11日:鳥帰るまでの恋とは知らざりき
  • 3月10日:ひなぎくに八十と九の闇ありぬ
  • 3月9日:潮に熨すイグナティウスの春衣かな
  • 3月8日:鱗屑を背におぼろ夜をおよぐなり
  • 3月7日:ミラー越しもうひとつ在る岬に蝶
  • 3月6日:青信号淡き春日の流音奏
  • 3月5日:鐘が鳴る シャボンの玉が空を吞みこむ
  • 3月4日:婚礼の日の流木に泡立つ蝶
  • 3月3日:レタス食み無言で過ごすひとときの

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