遠くで誰かを思うということ2023.3.25
遠くで誰かを思うということ
〈R〉
僕たちが「僕たち」と口にした日々が終わる
君には帰る場所があり
もはや帰る場所を持たない僕は
とりあえず適当に次の町への切符を買った
花束をふたつに分けてそれぞれが純白を手に旅立つ夜明け
はなれゆく君の視界で手を振った「印象・浜辺」の点景として
空き瓶に朝のひかりは満ち かつて誰かのこころであったものたち
灯台、と指差した君そのゆびを導に行けるところまで行く
この先、訪れる町々の
広場や路地で
僕は君の声を聞き、君の姿を見るだろう
また寒いほうへと歩む真夜中も遠く脈打つ心臓を聞く
風強く吹く日もどうかその髪にあまたの花が降りそそぐよう
僕たちを隔てる陸にあたたかな雨降る朝の焼きたてマフィン
この長い余生の途中「では、また」で終わる手紙を何度も君に
Starting a New Journey…
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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