《八月二十六日》風立ちぬ立面図には海の青

洗濯機がぐるぐる回っている音を聞いていると、どうも列車を思い出す。寝台特急とかじゃなく、もっと地味な、田舎の各駅停車。窓の外を流れる景色と、車内に漂ううすぼんやりした眠気。家にいるのに、旅に出ているような気分になる。ときどき水がジャバーッと移動して、あれは峠を越えた音かもしれないと思う。やがてピーピーと鳴った。終点か。でもどこに着いたわけでもない。よいしょっと。わたしは立ち上がって、洗濯物を干す。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 8月27日:薄紅葉キングの靴の赤きこと
  • 8月26日:風立ちぬ立面図には海の青
  • 8月25日:エオリアンハープ海月の造船所
  • 8月24日:砂に書くシェリー一行夏の果
  • 8月23日:木耳の影やわらかく雨を聴く
  • 8月22日:瓜ひらく街の屋根から降る手紙
  • 8月21日:タイプライター夕立匂ふ紙の山
  • 8月20日:空蟬と初版本とが同じ棚
  • 8月19日:白鷺やはらりと風のしつけ糸
  • 8月18日:活版のインクつめたき夏の月
  • 8月17日:八月の竪琴かすかなる砂丘
  • 8月16日:刺繍糸千年ほつれ苔の恋
  • 8月15日:晩夏なりひかりの奥のまだ動く
  • 8月14日:空蝉やもぬけの空に目がひとつ
  • 8月13日:羅や死にきれぬものまた生まれ
  • 8月12日:夕焼けといま呼ぶものはもう違ふ
  • 8月11日:彫るように書く日の青き嵐かな
  • 8月10日:夏サラダ盛るとはつまり崩すこと
  • 8月9日:昼寝果つ遠潮に名を呼ばれつつ
  • 8月8日:靴下の裏も人生なんだ蚊よ
  • 8月7日:蝙蝠と梁をわかちて夜しづか
  • 8月6日:夏帽子ふりかへる日は来ない橋
  • 8月5日:風死せりわたし透明すぎるのか
  • 8月4日:海月浮くいにしへびとの袖のごと
  • 8月3日:夕立や水の輪切って踏むペダル
  • 8月2日:夕立やサドルにひとつ空の花
  • 8月1日:片蔭の客は気まぐれ書生ども

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