《九月十六日》事件簿に陽のあたる午後葡萄干す

海に入れるかなあと、ためらいながら足をつけた。思ったより冷たくなくて、そのまま泳いでしまった。私は冷たい海に飛びこむ趣味はない。けれど、真冬に青ざめながら泳ぐ人を見かけると、いいなあ、と少しだけ憧れる。あの人たちの体はどうなっているのだろうか。私の体は、ただびくびく震えるばかりだ。けれど、今日の海は大丈夫だった。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 9月16日:事件簿に陽のあたる午後葡萄干す
  • 9月15日:水澄むやねじ切り終へて昼の笛
  • 9月14日:黒塗りの刷毛に月夜茸の匂ひ
  • 9月13日:秋草や背の箔押しを斜に積む
  • 9月12日:ひぐらしや染料煮立つ鄙の庭
  • 9月11日:秋海棠インクの染みみたいな痛み
  • 9月10日:コインランドリー秋の靴下だけ戻る
  • 9月9日:花野より仮面はづして帰りけり
  • 9月8日:図面からはみ出す丘の秋景色
  • 9月7日:稲妻や漆の面の笑ひだす
  • 9月6日:透視図に秋の鳥影とどきけり
  • 9月5日:蔦の這ふ待合室で靴脱ぐ子
  • 9月4日:秋の風ローラー跡を撫でて去る
  • 9月3日:秋高し壁ぬけてゆく水の息
  • 9月2日:陶土揉む背にしみわたる残暑かな
  • 9月1日:トランペット色の浜辺や秋の風

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