
《三月五日》会館を駆くるモツプや風光る
文楽を見る。感情の高揚を託す器はいかにも作り物めいた人形だ。人形の動きには役者のような微妙さはないのかもしれない。だがそれゆえに人形がぎこちなく発する感情は、より純度の高い情念であるような感じがする。
昭和八年三月五日の虚子句日記は「武蔵野探勝会。川崎、安田運動場」。「四ツ手揚げて昼餉にかへる霞かな」。漬け置いた四手網をいったん持ち上げ、昼飯を食いに我が家へ戻る人物。その姿は遠く霞の中へ。
無断転載・複製禁止

文楽を見る。感情の高揚を託す器はいかにも作り物めいた人形だ。人形の動きには役者のような微妙さはないのかもしれない。だがそれゆえに人形がぎこちなく発する感情は、より純度の高い情念であるような感じがする。
昭和八年三月五日の虚子句日記は「武蔵野探勝会。川崎、安田運動場」。「四ツ手揚げて昼餉にかへる霞かな」。漬け置いた四手網をいったん持ち上げ、昼飯を食いに我が家へ戻る人物。その姿は遠く霞の中へ。
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