
《八月十二日》夕焼けといま呼ぶものはもう違ふ
ときどき誤字が、とんでもなく本当のことを言ってしまう。たとえば「疲れた」と打とうとして「憑かれた」になったり、「家族」が「火族」になったりする。こわい。でもどこか、腑に落ちる感じもある。変換ミスのくせに、ちゃんと私の内側が剥き出しになっている。誤字とは過剰記述であり、自己言及の脱線である。文章って、書く人の知らないところで、勝手に真実をしゃべり出すから油断ならない。
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ときどき誤字が、とんでもなく本当のことを言ってしまう。たとえば「疲れた」と打とうとして「憑かれた」になったり、「家族」が「火族」になったりする。こわい。でもどこか、腑に落ちる感じもある。変換ミスのくせに、ちゃんと私の内側が剥き出しになっている。誤字とは過剰記述であり、自己言及の脱線である。文章って、書く人の知らないところで、勝手に真実をしゃべり出すから油断ならない。
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