朝がきた。廃墟のところどころに光が差しこんでいる。風が、壁の残骸を古い友人のように撫でていく。金属のにおい。倒れた看板。はがれかけたタイル。コンクリートのひび割れに溜まった水が、かすかに揺れている。息を吐くと、白い霧が一瞬、生まれて消えた。時が止まったままの場所で、光だけが自由に動き回っている。傷跡に光が触れるたび、癒えろ、癒えろと祈る。
著者略歴
小津夜景(おづ・やけい)
1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。
(ヘッダー写真:小津夜景)
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