玄関をあけると、小さな木靴が置いてあった。首をかしげたが、どうやら隣の子どもが間違えて置いたらしい。愛おしいサイズ。つい、右足を入れてみる。硬い木の感触が伝わり、底冷えするような寒さが足に染みる。一歩、ふみだしてみた。すると、かりん、と小さな音が響く。足の裏で、世界がほんの少しだけ砕けたような気がした。ひとつの音がこんなに世界を一新させるとは。びっくりしながら、木靴を隣の玄関に置いた。
著者略歴
小津夜景(おづ・やけい)
1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。
(ヘッダー写真:小津夜景)
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