文字を狙う場所が決まったら、漁具を下ろして網を広げる。風というのは、うんと太く流れているときも、よく観察すればいくつもの細い束が入り乱れ、いろんな性格が潜んでいる。あなたは笑うけど、風にだって感情がある。たとえば、すっと通りすぎる風は機嫌がいい。くるくると回りながら寄ってくるときは要注意だ。文字もそれと同じ。網に触れた瞬間さっと身をひるがえして、「どうだ、捕まえられるか?」って意地悪そうに笑う。
著者略歴
小津夜景(おづ・やけい)
1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。
(ヘッダー写真:小津夜景)
無断転載・複製禁止