《三月十一日》鳥帰るまでの恋とは知らざりき

とはいえ、そんなことはどうでもよかった。実際には、雲のありように魅せられた数えきれない者たちが、それを追って旅に出たのだから。彼らは風に身を任せ、根を失い、それでも漂うことをやめなかった。形のない雲を追いながら、自分自身の形を失うことを楽しんだ。最期は、曠野の吹きさらしとなった。人々は、そんな彼らを見て、こう言い切るようになった。
「雲を食べるとは、死と結ばれることなのだ」

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 3月12日:海賊盤ウィリアム・バロウズの春を愛し
  • 3月11日:鳥帰るまでの恋とは知らざりき
  • 3月10日:ひなぎくに八十と九の闇ありぬ
  • 3月9日:潮に熨すイグナティウスの春衣かな
  • 3月8日:鱗屑を背におぼろ夜をおよぐなり
  • 3月7日:ミラー越しもうひとつ在る岬に蝶
  • 3月6日:青信号淡き春日の流音奏
  • 3月5日:鐘が鳴る シャボンの玉が空を吞みこむ
  • 3月4日:婚礼の日の流木に泡立つ蝶
  • 3月3日:レタス食み無言で過ごすひとときの
  • 3月2日:彫り跡にオトメツバキの微睡む夕
  • 3月1日:うららかや雲母の縁のほろり崩ゆ

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