《三月十二日》海賊盤ウィリアム・バロウズの春を

この言葉が記録された最も古い伝承は、シダラン島のまどろみヶ原にある。花の咲くころ、ひとりの男がその村を訪れた。蓮池のほとりに横たわって一夜を過ごし、翌朝目を覚ますと、池のなかに白い塊が浮かんでいた。いや、塊ではない。それは木だった。どこからともなく生えた木。その枝には、白くふわふわとしたものがひっそりと茂り、まるで大地の豊かさと天空の軽やかさを一身に備えたかのようだった。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 3月12日:海賊盤ウィリアム・バロウズの春を愛し
  • 3月11日:鳥帰るまでの恋とは知らざりき
  • 3月10日:ひなぎくに八十と九の闇ありぬ
  • 3月9日:潮に熨すイグナティウスの春衣かな
  • 3月8日:鱗屑を背におぼろ夜をおよぐなり
  • 3月7日:ミラー越しもうひとつ在る岬に蝶
  • 3月6日:青信号淡き春日の流音奏
  • 3月5日:鐘が鳴る シャボンの玉が空を吞みこむ
  • 3月4日:婚礼の日の流木に泡立つ蝶
  • 3月3日:レタス食み無言で過ごすひとときの
  • 3月2日:彫り跡にオトメツバキの微睡む夕
  • 3月1日:うららかや雲母の縁のほろり崩ゆ

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