《八月十四日》空蝉やもぬけの空に目がひとつ

書けない日は、とりあえずファイルを開く。10秒ほど眺めて一行書いて、すぐ消す。ため息をついてお湯を沸かす。またファイルを見て、また消す。これを90分くらい繰り返して、何も残らない。でも、ふと思った。この「書くふり」って、けっこう効く。書けない自分を、なんとか書く人っぽく見せてあげる儀式。自己欺瞞というより、気持ちの保温装置だ。今日はとにかく、冷えきらなかっただけで上出来。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

無断転載・複製禁止

バックナンバー

  • 8月14日:空蝉やもぬけの空に目がひとつ
  • 8月13日:羅や死にきれぬものまた生まれ
  • 8月12日:夕焼けといま呼ぶものはもう違ふ
  • 8月11日:彫るように書く日の青き嵐かな
  • 8月10日:夏サラダ盛るとはつまり崩すこと
  • 8月9日:昼寝果つ遠潮に名を呼ばれつつ
  • 8月8日:靴下の裏も人生なんだ蚊よ
  • 8月7日:蝙蝠と梁をわかちて夜しづか
  • 8月6日:夏帽子ふりかへる日は来ない橋
  • 8月5日:風死せりわたし透明すぎるのか
  • 8月4日:海月浮くいにしへびとの袖のごと
  • 8月3日:夕立や水の輪切って踏むペダル
  • 8月2日:夕立やサドルにひとつ空の花
  • 8月1日:片蔭の客は気まぐれ書生ども

俳句結社紹介

Twitter