《一月十一日》葱抱いて石畳ゆく日暮れ市

日が傾くころの市は、どこか靴音がやわらかい。石畳の上を、足音と足音のあいだに空白をつくるようにこつり、こつりと歩く。葱の束を抱えて石畳を歩く老人が目に入る。老人の足元から、日暮れの影が伸びている。影は、石畳にしがみつき、老人の歩みを止めたがっているようにみえる。けれど老人は気づかない。影は伸び、曲がり、消えた。市のざわめきとともに、誰にも気づかれぬまま、今日も影の物語が終わっていく。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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