《八月十五日》晩夏なりひかりの奥のまだ動く

日記帳に、朝、白湯を飲んだ、と書いた。味はないけれど、身体がうなずいていた。水は冷たいからよくない。熱すぎてもだめ。ぬるいのがちょうどよくて、ぬるいのがいい。飲んだあと、からだがちょっとかすかにしずかになる。その時間だけは、他のことをあまり考えない。何もしていないのに、している感じがする。白湯はそういう飲みものだ。午後にはコーヒーを飲んだ。コーヒーの味がちゃんとして、白湯のことは忘れた。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

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  • 8月10日:夏サラダ盛るとはつまり崩すこと
  • 8月9日:昼寝果つ遠潮に名を呼ばれつつ
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  • 8月7日:蝙蝠と梁をわかちて夜しづか
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  • 8月4日:海月浮くいにしへびとの袖のごと
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