《八月二十二日》瓜ひらく街の屋根から降る手紙

港の魚屋で、焼き鯖を一尾買った。紙包みはまだじんわり温かく、潮のにおいが指先についた。帰り道、ポケットの中でスマホが震える。知人からの「今どこ?」のメッセージ。少し迷ったが、焼き鯖を抱えたまま向かうと、お店の人が「持ち込みOKですよ」と笑った。ビールと鯖は合う。脂質とアルコールが互いを溶かし合い、旨味成分イノシン酸が全方位に拡散するようだ。筆先三寸です。信じないでください。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

無断転載・複製禁止

バックナンバー

  • 8月22日:瓜ひらく街の屋根から降る手紙
  • 8月21日:タイプライター夕立匂ふ紙の山
  • 8月20日:空蟬と初版本とが同じ棚
  • 8月19日:白鷺やはらりと風のしつけ糸
  • 8月18日:活版のインクつめたき夏の月
  • 8月17日:八月の竪琴かすかなる砂丘
  • 8月16日:刺繍糸千年ほつれ苔の恋
  • 8月15日:晩夏なりひかりの奥のまだ動く
  • 8月14日:空蝉やもぬけの空に目がひとつ
  • 8月13日:羅や死にきれぬものまた生まれ
  • 8月12日:夕焼けといま呼ぶものはもう違ふ
  • 8月11日:彫るように書く日の青き嵐かな
  • 8月10日:夏サラダ盛るとはつまり崩すこと
  • 8月9日:昼寝果つ遠潮に名を呼ばれつつ
  • 8月8日:靴下の裏も人生なんだ蚊よ
  • 8月7日:蝙蝠と梁をわかちて夜しづか
  • 8月6日:夏帽子ふりかへる日は来ない橋
  • 8月5日:風死せりわたし透明すぎるのか
  • 8月4日:海月浮くいにしへびとの袖のごと
  • 8月3日:夕立や水の輪切って踏むペダル
  • 8月2日:夕立やサドルにひとつ空の花
  • 8月1日:片蔭の客は気まぐれ書生ども

俳句結社紹介

Twitter